明和町 威光放つ天武天皇の正統性 初期斎王宮殿域発見で報告会 三重

©株式会社伊勢新聞社

 斎宮歴史博物館は16日、三重県明和町斎宮の「さいくう平安の杜」西脇殿で調査成果報告会「飛鳥時代の斎宮解明―初期斎宮が見えてきた!?」を開き、約100人が参加した。斎宮成立期の飛鳥時代の斎王宮殿域と高床倉庫群の遺構が見つかった意義を、職員3人が語った。

 斎王は天皇に代わって伊勢神宮の皇祖神、天照大神に仕える未婚の皇族女性。初代は674年に派遣された天武天皇の娘、大来皇女とされる。斎宮は鎌倉時代まで約660年間続いた。

 発掘は、平成30年度に同館南の近鉄線路北側にある宮殿跡とみられる場所で実施。7世紀後半―8世紀初めの飛鳥時代の斎宮中枢区画の掘立柱塀と、内部の大型掘立柱建物の柱穴、大型高床倉庫群を建て替えた跡が出てきた。跡はいずれも北から東へ約33度振れた方位の線上に並んでいた。一方、以前に調査済みの線路南側、奈良時代の宮殿跡の中枢区画は南北方位になっていた。

 今回発掘された建物や塀の方位が傾いている理由について、調査研究課の宮原佑治さんは「地形に合わせた。段丘の上にあり、(見上げる形状が)視覚的に威光を放ち、天武天皇の正統性を示す」と述べた。

 斎王の宮殿は天皇の代替わりごとに建て替えられたのではないかと推測されており、今回調査した宮殿を使っていたとみられる斎王について、同課の大川勝宏さんは「天皇が斎王に実の娘を送る時は斎宮整備のエポック(画期)をつくる場合が多い。初期斎宮のステップとして大来皇女であってほしい」と語った。

 以前の調査で見つかっていた線路南側の宮殿跡の使用者については、「南北の正方位は聖武天皇の娘の井上内親王とシンプルに理解できる」と話した。

【斎宮歴史博物館の調査成果報告会=明和町斎宮の「さいくう平安の杜」で】