なぜ茨城県では女性が行方不明になるのか 13年後に急展開を見せた茨城大学女子大生殺害事件

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霞ヶ浦へと注ぐ清明川の河口に、うつぶせの状態で全裸の女性の死体が浮かんだのは、2006年1月31日のことだった。女性は、茨城大学農学部二年の原田実里さん(21歳)だった。

筆者撮影

遺体となって発見される前夜、彼女は同級生の男性と酒など飲みながら、自宅アパートで過ごしていた。男子学生がうたた寝した午前0時頃、「散歩にいく」というメモを残して部屋を出た。部屋には、彼女の携帯電話と財布が残され、さらに視力が0.1ほどと悪かったにもかかわらず、コンタクトレンズも着けず、裸眼の状態で外に出た。彼女の自転車は、遺体発見現場とは逆方向の自宅から2・5キロほど離れた資材置き場で発見された。

謎に包まれた事件。警察は当初、身近な人物の中に犯人がいると推定した。彼女は大学のトライアスロン部に所属していて、他大学との交流にも積極的に顔を出すなど社交的な性格で交友関係も広かった。当然ながら、最初に疑われたのは、殺害される数時間前まで一緒に過ごしていた同級生である。

彼女が暮らしていたアパート近くに暮らす30代の女性が事件当時を振り返って言う。

「私は彼女と同じぐらいの年齢ですから、よく覚えていますよ。彼女のアパートからすぐ近くに彼女がバイトしていたラーメン屋さんがあって、そこの店長が犯人だと疑われたりして、マスコミの人が店長を追いかけ回していたのをよく覚えています」

事件後行われた遺体の検屍によって、遺体からはふたつのDNA型が検出された、警察はすぐに身の回りの人物のDNA鑑定を行ったが、一緒に過ごしていた男子学生は勿論のこと、彼女のまわりにいる人間のDNA型は遺体から採取されたDNA型と合致しなかった。警察の見込みは早々に狂い、捜査は行詰まってしまった。

遺体に残されていたDNAなど犯人へと繋がる証拠は、少なからずあったが、警察は犯人に行き着くことはできず、事件は迷宮入りの様相を呈していた。

事件が急展開したのは、発生から13年が過ぎた2017年9月2日のことだ。茨城県警は、殺人などの疑いで、フィリピン国籍で岐阜市内の工場に勤務していた工員のランパノ・ジェリコ・モリ被告を逮捕した。さらにフィリピンに逃亡中の事件当時、18歳と19歳の男二人も国際指名手配したのだった。逮捕のきっかけは、数年前に、事件発生当時土浦市内に暮らしていたランパノ被告が、事件に関わっているのではないかという情報が捜査本部にもたらされたのだった。

ランパノ被告は、事件後にフィリピン人女性と結婚し、3人の子どもをもうけた。岐阜県の自動車部品工場で働きながら、休みの日には、家族でバーベキューをする姿が目撃されるなど、ひとりの女性を殺めておきながら、当人は家族仲睦まじく暮らしていたのだった。

2019年1月ランパノ被告には一審に続いて控訴審でも無期懲役の判決が下された。今後、外国人労働者が増えていくなかで、どうこの国の治安を維持していくのか考えさせられる事件である。(取材・文◎八木澤高明)