あの有名宝飾店も始まりはこのエリア ローワーマンハッタン④

19世紀に確立した好景気の象徴的存在

 今も昔もローワーマンハッタンの象徴といえば、全世界の経済ニュースに毎日登場するニューヨーク証券取引所をおいて他にないだろう。1792年に24人の仲介人によって始まったこの街の株取引は、19世紀の経済発展とともに急成長。1817年には組織化され65年に現住所に取引所を移す。

 壮大な大理石のギリシャ風コラムを正面に配する現在の建物は1903年に完成。設計者は新古典主義で当時人気を博したジョージ・B・ポストだ。現在、史上最高の出来高の更新中で、1日平均1690億ドルものお金が動く世界一の証券取引所。ニュースに映るトレーディングフロアの活況を一目見たいものだが、残念ながら2001年の同時多発テロ事件以来、一般人の見学は中止となってしまった。

超厳重な警戒の下静かに眠る金塊

 証券取引所から北へ3ブロックのリバティー通り33番地に位置するニューヨーク連邦準備銀行(FRB)は、ネットで申し込みをすれば一般見学(無料)できる。

 FRBは市中銀行を監督しドル紙幣の発行をする、日本でいえば日銀に相当する組織。ちょうど100年前に設立された。ニューヨークFRBは全国に12あるFRBのうちの一つで、その建物の地下金庫には53万本、重さにして6700トンの金塊が超厳重な警備の下保管されている。見学ツアーでは、まばゆいばかりの金塊の一部を開陳してくれる。

 それにしても映画『ダイハード3』でテロリストが狙った金塊を、このご時世に堂々公開する太っ腹。「高さ3メートルの金庫は地下24メートルの岩盤に深く埋められ、さらにその周囲を総重量140トンの防水密閉コンクリート壁が保護しているから、「絶対に安全」とFRBのサイトは力説する。ちなみに今年は同組織の創立あらちょうど100年目にあたり、金庫も100歳を迎えた。

ハリウッド映画に度々登場するニューヨーク連邦準備銀行。ビルの前には常にニューヨーク市警察のパトカーが。(33 Liberty St.)

かつて宝石街だったメイデンレーン

 FRB見学で「ご利益」に預かった後は、同ビルの北側を通るメイデンレーンを歩いてみよう。かつては、ロンドンのバーリントン・アーケードを意識した屋根付き高級商店街で、流行の発信地。ニューヨークでガス灯が最初に導入されたのもこの通りだ。きらびやかな宝石店が軒を並べ、女性たちの憧れの場所だった。「メイデンレーンで結婚指輪を作った花嫁は3倍幸せ」と言われたほど。戦後、宝石街が西47丁目に移ったため、今では栄華のみじんもない。

 

ブロードウェーとの角にあるウィリアム・バートマン宝飾店(創業1884年)がわずかに面影を残すのみだ。この店、古風な雰囲気もさることながら、必見は店先の歩道に埋め込まれているサイドウォーク・クロック。創業者が客寄せのために99年に始めたもので、当時は大人気を博した。以来、今日に至るまで休むことなく時を刻み続けている。悲しいかな、歩行者は誰一人時計の存在に気付かず、その上をせわしなく行き交う。

ウィリアム・バートマン宝石店前の「埋め込み式」サイドウォーク・クロックは、115年を経て、今も時を刻み続ける。(176 Broadway)

あの有名宝飾店も始まりはこのエリア

1837年、ローワーマンハッタンの活気にあやかって開店したのがティファニーである。創業者のルイス・チャールズ・ティファニーは、当時まだ新しかった「商品に正価の値札をつけて値引きには応じない」というポリシーの下、最初は文房具や装飾品を売っていた。ロケーションもメイデンレーンから7ブロック北に上がったブロードウェーの259番地だった。

 開店初日の総売り上げは、わずか4ドル98セント。その後、48年の二月革命でヨーロッパの貴族から放出された良質な宝石類を買い入れ宝飾店に路線変更した。やがて、アメリカを代表する有名ブランドに成長し、いまや全世界22カ国で289店舗を展開する。2006年には、ウォール街37番地に新店をオープン。本店にひけをとらない豪華な作りの同店舗が入るのは、フランシス・キンボール設計による1907年竣工のどっしりした元銀行ビルだ。上の階はすべて改装されて373室の高級コンドミニアムになっている。

 100年以上の歳月を経て、宝石店が返り咲いたローワーマンハッタン。そこには、顔ぶれこそ違え、今日も新しい人と金が集まる。

ティファニー宝飾店が同店の出発地ローワーマンハッタンに戻ってきたのは2006年。荘厳なイメージは本店と変らない。(37 Wall St.)

(中村英雄 2014年11月28日 Vol.790)

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