留学志望の東京大院生が公設秘書になるまで  気づけば政治家志望に 秘書のお仕事

森近憲行さん

 「最初は政治家になろうとは考えてなかったんですよ」。衆院山口3区選出の河村建夫元官房長官(76)の公設第2秘書を務める森近憲行(もりちか・のりゆき)さん(31)は笑いながらそう振り返ってくれた。大学で科学技術政策の研究をしていて、ふと飛び込んだ政治の世界。秘書修業の中でおもしろさを知り、気がつけば将来の進路になっていた。秘書の魅力とは何か、なぜ政治家を目指そうと思ったのか、森近さんに聞いた。

 ▽進路に迷う

 東大大学院で研究していた2013年、進路に迷っていた。周囲の学生は、東大生にありがちな外資系企業や霞が関に続々と就職していった。「留学しようか、官僚になろうか、それとも政策立案に関わるシンクタンクか…」。インターンを繰り返す中で、多くの同級生と同じ進路はなんとなく自分に合わないと感じていた。そんなある日、ふと「政策をやるなら政治も大事だな」と思い立ち、つてを頼り始めた。

 ▽飛び込んだ世界

 13年8月、森近さんは出身地の山口県萩市で、会合を終えた河村氏が会場から出てきたところに飛び出した。「先生に付き添っていた警護担当のSPに厳しい視線を向けられたのを今でも覚えています」と苦笑いする。「何でもいいから使ってください」。河村氏は森近さんの方に目をやると、「来週から東京の事務所においで」と静かに告げた。東京大で修士号を取った直後に帰省しての直談判。履歴書を出すこともなく、即決で採用されてしまった。

 ▽東大は出たけれど

 最初は自民党の部会の資料のとりまとめなどを担当した。持ち前の頭の回転の速さで無難に仕事をこなしたが、秘書業の基本的な部分で注意されることは多かった。

 事務所に入ったばかりのころ、先輩秘書に「おじぎの時、頭の下げ方が足りない」としかられた。今でも「東大出は人の話を聞かない」と言われることがある。見守る河村氏に「自分の考えをしっかり持っているのはいいが、政治家は理屈だけじゃない。いろんな人の話を聞くことが大事だ」と諭されることもしばしばだ。

 「秘書になる前、この仕事に対するイメージはあまり良くなかったんです」と森近さん。母親は「なぜわざわざ、休みもないような仕事を自分から選ぶのか」と反対したが、最後は自分で決めた。事務所の門をたたいたのは、文部科学政策に造詣が深い河村氏の事務所で働けば、いずれ留学に必要な推薦状を書いてもらえるのではないかというもくろみもあったからだ。

 ▽わかりはじめた魅力

 そんな森近さんに転機が訪れたのは14年9月のことだった。私設秘書になり、河村氏が所属する約300の議員連盟への対応や、地元で配る「国会リポート」の作成などを任せられた。地元からの補助金に関する問い合わせに対応し、農業関連施設の建設につながったこともある。「官庁と違って、全ての政策に関われる」。有権者と直接つながって政策を実現する政治家の魅力が分かり始めた。

 若手ならではの強みもある。当選10回を数えるベテラン議員の事務所では、秘書もまたベテランがずらり。フェイスブックの議員ページの更新や、PCソフトを使ったリポートの作成は、パソコンやネットに明るい森近さんにしかできない仕事だった。

 17年4月には、前任者の結婚退職を機に公設第2秘書になった。「年齢制限で他になれる人がいなかったから」と笑う。それでも河村氏の信頼は厚く、就任と同時にスケジュール調整を担当するようになった。「どの会合にどこまで出るか」と分刻みの調整に頭を悩ませるが、河村氏からは「森近君がいないと事務所が回らない」と言われるまでに成長した。

 ▽政治家になりたい

 秘書の仕事を通じて政治という仕事のやりがいを実感した森近さん。「いつかは政治家になりたい」と思い始めた。だが、政治家に求められる幅広いコミュニケーション能力という意味では、自分に限界も感じている。「大学で研究していたころはなんでも自分でやってしまい、人に頼ることが得意ではなかった。そもそも雑談も苦手でして…」と打ち明けてくれた。

 克服しようと大きめのシェアハウスに入居した。周囲の住人との交流で、少しでもいろいろな雑談ができるようになろうとの考えだった。けれど、実際のところは、仕事に追われてほとんど交流できていない。目下の悩みの種だ。

 将来、いざ出馬となれば泥臭い選挙活動も必要になる。ただ、今は東京の事務所にいるため、地元の支援者回りなど地道な活動の経験はほとんどない。「機会があれば、是非そういう経験を積みたいです」と話す森近さんに、河村氏は「政治家の背後には多くの有権者がいることを忘れないように」とアドバイスを送っている。

 ▽誰でも、生活のどこかで政治と関わっている

 政治に関わり始めて5年余り。まだまだ修業中で、具体的な出馬の話はない。いつか政治家になったとき、取り組みたいのは選挙制度改革だ。

 「少子高齢化社会や都市と地方との関係が課題となる中で、国の方向を決める選挙制度のあり方は大事だと実感している。有権者と正面から向き合い、政治を身近に感じてもらえるようになりたい」と決意する。取材の最後に「政治への関心が低下していることをどう思うか」と尋ねると、「どんな人でも生活のどこかで政治と関わっている。政治とは何なのか、みんなに考えてほしい」と力強く答えてくれた。(共同=森脇江介32歳)

 ▽取材を終えて
 議員秘書をやっていると風の噂に聞いたのは、私が入社した頃だった。「大学を出てすぐ秘書をやる人がいるなんて…」。個人的にはあまりいいイメージがなかった仕事を選んだ同窓生に興味を持った。

 取材にかこつけて数年ぶりに再会。かつて一緒に研究発表をしたこともある森近さんが、スケジュール表片手にベテラン議員にレクチャーをしている姿に、時がたつのは早いものだと思った。

 政治という仕事が批判されることが多い昨今、身近な友人が覚悟をもってその道を志していることにエールを送りたい。(終わり)

© 一般社団法人共同通信社