これだけは知っておきたい感染症の基礎知識 もしも国内で一類、二類感染症が診断されたら?

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「感染症」「感染病」「伝染病」の違い

最初に基本的な用語について説明します。例えば、「感染症」、「感染病」、「伝染病」という最も基本的な用語ですが、それぞれの用語の定義、これらの用語間にどのような違いがあるのか、どのように使い分けられているのかなど簡略に整理します。

病原性を持つ細菌、ウイルス、寄生虫などの病原体が、人を含む動物の体内に侵入して増殖するか、侵入した体内で何らかの毒素を産生することにより、人(動物)に健康障害を引き起こし、さらには人(動物)から人(動物)にその病原体が感染(伝播)することにより健康障害が拡散する現象を「感染症」または「感染病」と称します。約半世紀前に私たちが獣医学専門教育の教えを受けた先生(戦前に教育を受けられた先生方は、専門用語を極めて厳格に使用されてました)からは、「原因となる病原体が特定されている疾病を感染病と呼び、必ずしも特定されていない場合を感染症と呼称する」と習いました。しかし、現在ではこの用語の使い分けはあいまいになっており、ほとんどの場合、感染症と呼ばれているようです。

また、多数の人(動物)が感染を受け(集団感染など)、その感染がかなり広い地域に及び、しかも一定期間、発生が続く疾病に限って「伝染病」と呼称し、それ以外は「感染症」あるいは「感染病」と呼ぶという教えも受けました。この使い分けもあいまいになっているようです。現在では、伝染病という用語の使用はまれになっています。私が知る限り、医事領域の法律でも目にすることはほとんどありません。一方、獣医事領域では、「家畜伝染病予防法」という重要度の高い法律があり、家畜伝染病という用語は頻繁に用いられています。

日本の感染症対策の歴史

前回触れましたが、現在でも警戒しなければならない感染症に、たとえ日本国内での発生が激減してまれになってしまった疾病でも、今なお地球上に存在し人類に脅威を与え続けているものがあります。また、国内では発生が過去に経験された事例が報告されていない、危険度の非常に高い感染症も少なくありません。
ここで、日本でこれまで感染症対策にどのような手を打ってきたのかを紹介します。

■「感染症新法」制定までの道のり
明治に入り近代国家を目指した日本でも、欧米先進諸国のような科学的な感染病対策をとるための法律が必要になりました。明治 30年に法律 36号として、伝染病の発生を予防し、発生した伝染病を撲滅(ぼくめつ)することを目的とした法律「伝染病予防法」が制定されました。

この法律は改正を重ねながら平成11年3月末日まで続きましたが、後から制定された性病予防法およびエイズ予防法(後天性免疫不全症候群の予防に関する法律)などをまとめ、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」として生まれ変わりました。昭和26年に制定された結核予防法だけは平成18年に新しい法律に組み込まれました。旧来の伝染病予防法では、伝染病をその重篤性および社会に及ぼす影響性の大きさから、法定伝染病(11疾病)、指定伝染病(2疾病)、届け出伝染病(13疾病)に分類されていました。     
この法律では、各都道府県市町村に、清潔、消毒、予防処置の施行を義務付け、伝染病院の設置、予防委員、検疫委員、防疫監吏などの配置を義務付け、伝染病対策の中核を成していました。伝染病予防法などの法律は、確かに日本国内の感染症対策の進歩に大きな役割を果たしました。

しかし、伝染病拡大阻止を最優先したために、患者の人権に対する配慮に欠けた部分が少ないとはいえない欠点を有していました。特に、平成8年、腸管出血性大腸菌感染症O-157が発生した折に、患者の人権に問題が生じ、本法律が時代に即さないことが明らかになりました。そこで、平成11年4月に感染症の予防および感染症の患者に対する医療に関する法律「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下感染症新法)が新たに施行されたのです。

感染症新法に取り上げられている感染症とその対処

感染症新法では、集団の感染症予防に重点を置いてきた伝染病予防法から、個人の予防および良質で適切な医療の積み重ねによる社会全体の感染症の予防の推進に基本方針を転換しています。 感染症新法が制定されたときには対象疾病は74 でしたが、随時追加されています。

本法では、表に示しましたが、基本的に感染症は一類から五類まで、病原体の感染力の強さや症状の重篤性あるいは社会への危険度の大きさから分類されています。

写真を拡大 感染症の予防及び感染症の患者に対する法律 ※赤字:旧伝染病予防法などで挙げられていた疾病

危険度が最も高いのは一類感染症

一類感染症に指定されている疾病は、原因となる病原体の感染力および病原性は最も高く、従って社会的にも危険度の最も高い感染症にランク付けされています。二類、三類、四類と少しずつ弱くなっていきます。
これらいずれかの感染症と診断された場合には、医師による最寄りの保健所などへの届出が義務付けられています。もし、一類もしくは二類感染症に分類される感染症と診断された場合には、医師は直ちに届け出る必要が生じます。三類感染症と診断した場合には7日以内に届け出なければなりません。とにかく、診断された患者の一刻も早い治療の開始と隔離による病原体の飛散防止(封じ込め)が非常に重要になります。

■一類感染症は現在、国内で発生なし
最も危険度の高い一類感染症は、現在、国内では発生していません。痘そう(天然痘)のみは過去に国内でも発生しましたが、すでに撲滅宣言が世界保健機構(WHO)から出されています。国内で未発生のエボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、マールブルク病、ラッサ熱は、激烈な臨床症状と高い死亡率で、危険度の非常に高い感染症です。アフリカ大陸が初発地で、現在でもアフリカ大陸内での発生することがあり、病原体は未だ消滅していないと考えておく必要があります。
以上より、危険度の高い感染症の存在することが心配される国々に、居住もしくは滞在する必要が生じた場合、当該国の衛生状態を把握し、安全のためにあらかじめ取っておくべき感染症対策を認識して実行しておく必要があります。場合によっては、罹患する心配のある感染症予防のためのワクチン接種を受けておくことも考えねばなりません。そのためには、早めに最寄りの保健所、大学附属病院、総合病院、専門医院などで相談する必要があると思います。

■アジア、アフリカ、中東などでは二類感染症も
二類感染症も結核以外、国内では現在発生の報告は出ていません。しかし、アジア、アフリカ、中東など多くの地域で発生が続いており、危険度は高く、これら地域での罹患、国内へのこれら病原体の侵入が懸念されています。一類感染症対策と同等の備えが必要になると思われます。

 

不幸にして感染症に罹患した場合

ところで、国外で発病して、帰国した到着空港あるいは空港を通過後に国内で診断されたときには、指定された医療機関に入院しなくてはならない場合があります。特に、一類および二類感染症と診断された患者と新感染症疑いありと診断された方は、厚生労働大臣が指定する感染症指定医療機関に入院する必要が生じます。

■3種類の感染症指定医療機関
この医療機関には、一般空間から厳密に隔離される特別な設備が整備されています。すなわち、特定感染症指定医療機関(東京都区内にある国立国際医療研究センターに4床、成田国際空港に近い成田赤十字病院、中部国際空港に近い常滑市民病院、関西空港に近いりんくう総合医療センターにそれぞれ2床設置)、第一種感染症指定医療機関(全都道府県に54医療機関あり、合計101床設置)および第二種感染症指定医療機関(全都道府県に346医療機関あり、合計1735設置)の3種類の感染症指定医療機関です。

一類感染症と診断された場合には、特定感染症指定医療機関または第一種感染症指定医療機関に入院となります。二類感染症の場合は上記2機関の他、第二種感染症指定医療機関が該当します。新感染症などの場合も二種感染症と同様の扱いになることがあります。

三類以下の感染症と診断され入院の場合には、上記以外の医療機関になります。
以上より、一類および二類感染症対策に厳重な対策が取られていることがお分かりいただけたと思いますが、申すまでもなく、国外で、感染症、特に一類あるいは二類感染症に罹患しないためのさまざまな方策を取ることを心掛けることが何よりも肝要です。

次回から重要と思われる感染症について紹介する予定です。

(了)

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