資料は「生きた」歴史 軽視・廃棄を恐れる

平成の女性史(4)アーカイブ

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江刺昭子

女性史研究者

江刺昭子

女性史研究者

えさし・あきこ 広島市出身、早大卒。原爆作家・大田洋子の評伝「草饐(くさずえ)」で田村俊子賞。著書に「女のくせに 草分けの女性新聞記者たち」「樺美智子 聖少女伝説」など多数。

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1960年、米ニューヨークを訪問された美智子妃と歓談するベアテ・ゴードンさん(右奥)と長女のニコルさん(右手前)(ニコルさん提供・共同)

 「記録があるはずだ」「いえ、記憶にありません」「そんなわけはないだろう」「破棄しました」。そんなやりとりの末に「探してみたらありました」という茶番劇。近年の国会で繰り返された光景だ。

 そもそも日本の役所は、国も地方も記録を残すことの大切さ、歴史に対する責任を自覚していない。1970年代から盛んになった地方自治体史の編纂・刊行に伴い、ぽつぽつ公文書館や歴史館が設けられたが、ほとんどの自治体は未設置だ。

 ベアテ・シロタ・ゴードン展

 女性関連資料となると状況はさらにひどいが、平成の間に進展もあった。10年前、国立女性教育会館に女性アーカイブセンターが設けられた。集められたのは、旧文部省主導で戦後実施された静岡県稲取町における「稲取実験婦人学級」資料、文部省の2代目の女性教育課課長、塩ハマ子さんと彼女のグループが所蔵・収集した資料、全国婦人新聞社取材写真コレクションなど40件の資料群だ。

 去年、ここにベアテ・シロタ・ゴードン(1923~2012)の資料が加わった。GHQの一員として日本国憲法の草案作成に携わり、第24条(家族生活における個人の尊厳と両性の平等)草案を執筆した人である。

 その後、米国に帰ってジャパン・ソサエティーやアジア・ソサエティーのディレクターとして活躍し、1990年代以降、日本の女性団体などの招きに応じて、日本国憲法に関する講演を数百回行った。その姿に接した人も多いだろう。

 没後、遺族が出身校のミルズカレッジに寄贈した資料のなかから、日本に関するものが引き渡された。憲法制定や日本での講演活動に関する資料である。24条改悪の動きがある現在、これらの資料の意味は重い。なお、お披露目の意味で4月26日から同館で「ベアテ・シロタ・ゴードン展」が開催される。

 ネット時代に応じた動きもあった。

 2009年に誕生したWAN(Wemen’s Action Network、上野千鶴子理事長)のサイト上に13年「ミニコミ図書館」が開館したことだ。日本のフェミニズムを草の根で支えた女性団体のミニコミ誌を電子化し、公開することで、世界中どこにいても、誰でも、見られるようにした。現在約100誌が収蔵されており、このなかには地域女性史誌も含まれている。

 受け皿ない地域女性史資料

 受け皿がなくて困っているのは、各地に散在している膨大な地域女性史資料である。

 80年代後半から女性施策の一環として、各地の自治体が地域女性史作りに取り組んだ。中央ではなく地方の、男性ではなく女性の視点を掲げた。歴史学の専門家だけで編纂する自治体史とは異なり、行政と専門家と住民の三者が協働して親しみやすい女性史を編んだ。

 さらに日本独特の現象だが、各地に主婦層を中心にした民間の地域女性史研究会がある。2005年出版の折井美耶子・山辺恵巳子『増補改訂版 地域女性史文献目録』には113グループが紹介されている。30年、40年と続いている会もあり、研究誌や通史や聞き書き集を自費出版しているところも多い。家制度のもとで差別、抑圧され、戦争で苦しんできた祖母や母たちの時代を検証し、歴史に位置づけたい。そんな熱い思いの結晶であり、女性たちの歴史運動でもある。

 わたしもいくつかの地域の女性史編纂に関わったが、資料収集は困難をきわめた。歴史学も自治体史の編纂者もオール男性という時代が長く続いたから、女性に関する資料は軽視されてきた。こぼれ落ちた細かい資料を地道に拾い集めるところから作業が始まった。しかし、自治体がらみの場合は、編纂事業が終わってしばらくすると廃棄されたり、所在がわからなくなったりした。

 チラシ、パンフレット、機関紙誌、雑誌、書籍、新聞切抜き、書簡、メモ、多様な原文書のコピー、聞き取りテープなど形態の異なる資料群で、寄贈を希望しても地域の図書館は受け付けない。前述した女性アーカイブセンターは地域のものは扱わない。ミニコミ図書館の方は冊子状のものしか電子化できない。

 民間グループも会員の高齢化などでどんどん資料が消えていく。興味のない人には、古ぼけた資料はゴミにしか見えない。所蔵者の死亡とともに捨てられるケースが多い。

  公的なアーカイブを

 地域女性史グループ交流の全国集会「全国女性史研究交流のつどい」は1998年、国と地方自治体に向けて「女性史資料の保存・公開についてのアピール」を出した。

 散逸を防ぐため、資料を整理・保存し目録を作成するよう求め、さらに誰でも利用できるような公的なアーカイブを設け、公開するよう要望した。その後も「つどい」のたびにアピールを出し続けているが、はかばかしい動きはない。

 女性史資料は、女たちが営んだ暮らしや思いの集積だ。価値を低く見られがちだが、人々の生きた歴史そのものである。それを軽視し、あるいは、ないがしろにすることは、私たち自身の過去をないがしろにすることにほかならない。(女性史研究者・江刺昭子)