2つの未来ビジョン、4つのシナリオ~アントロポセン(人新生)の時代(その2)

サステナビリティ 新潮流に学ぶ 第26回

©株式会社博展

未来の世界ビジョンに対して2つの見方がせめぎ合っています。科学技術イノベーションへの期待が高まっていますが、何をどう革新するか、その方向性が問われます。人間という存在が、地球システムに甚大なる影響力を及ぼし始めた新時代(アントロポセン)、人類が向かう方向性について、諸勢力が対抗しあう大きな岐路に立っています。

前回にひき続き、人類社会の変容と全体像について見ていきましょう。

世界はどこへ向かう?―2極化する世界

世界の枠組みを理解する概念に、パラダイムという言葉があります(科学史家のT・クーン提唱)。将来の全体動向を考えるにはパラダイムの視点から見ることが重要です。

パラダイムについては様々な議論がありますが、ここでは身近な食と農をめぐる変化をめぐって、英国のティム・ラングらの考察を参考にします。

それは、20世紀までの食料生産を特徴づけてきた「生産主義パラダイム」から、「ライフサイエンス・パラダイム」と「エコロジー・パラダイム」が対抗・対立する「フード・ウォーズ」の時代に入ったとの見方です。この視点は、現代社会の動向を理解する上でたいへん参考になる見方です。ごく簡略に説明しましょう。

品種改良・機械化・化学化(農薬・化学肥料依存)や、食品加工の高度化、大量生産・大量輸送技術の進歩と貿易拡大(グローバリゼーション)の進展がもたらした生産主義の繁栄の影で、世界人口の1割を越える人が飢餓に苦しむ一方で、ほぼ同数の人たちが過食と肥満による疾患を抱えています。

ラングらは、こうした偏りをもたらす生産形態が、資源制約や環境破壊などによって持続不可能になってきた結果、新たな対応として、2つの流れが顕在化してきたととらえます(図1)。

図1 
参考:T・ラング他著『フード・ウォーズ:食と健康の危機を乗り越える道』コモンズ

一つの方向性は生命科学の手法(テクノロジー)を駆使して産業化をよりいっそう押し進める道筋で、「ライフサイエンス主義」と呼びます。

それに対して、産業主義へ偏よることなく個々人の健康と自然環境とのつながりを自覚して、自然と共生するライフスタイルを重視し地域を自立的に再編していく道を「エコロジー主義」と呼びます。

この2つのパラダイムが、人々の心理的世界や市場、消費文化、さらには産業社会のあり方や国際政治まで世界規模で対抗しており、私たちは重大な岐路に立っているととらえます。

実際に、農業の工業化・脱自然化に向かう動きとして、反季節的農作物の氾濫、ファストフードの隆盛、植物工場、バイオ野菜、遺伝子組み替え食品、さらにバイオテクノロジーによる技術変革が次々と押し進められています。

他方では、自然との調和を取り戻そうとする動きが広がり、本物・手作り・自然食、有機農業、そして地産地消やスローフード運動などが広がり、都市と農村の交流や都会から農村へ移住する動きも生じています。

「グ・ローカル」な多元的世界の出現

この相反する2極化の動きは、グローバリゼーションの時代のなかで、社会・経済・政治分野でも世界規模でおきています。

国際分業と競争が、地域性や自然の循環を切断して大地との離反を促すのに対して、地球環境問題の深刻化をくい止めるエコロジー運動、地域コミュニティ・地域循環(調和)型社会を重視する動きが顕在化しているのです。

しかし、この動きはどちらかが他を圧倒し駆逐してしまう結果になるとはかぎりません。

グローバル化への対抗力としてのローカル化の動きですが、こうしたグローバル化とローカル化において出現する世界は、対立や相克だけではない側面があるのです。ローカル性の中身がグローバルな視点から洗練されて、質的な深化や向上がもたらされるなど、相互作用による革新を誘発させる(創発)側面がある点は注目しておきたいことです。

たとえば、日本文化や和食の見直しでも、海外からの観光客増加のなかで、洗練されたローカル性が深化・誘発される動きです。過疎地域の内側に隠れていた独自性が、外からの視点で見出される動き(地元学の取り組みなど)、郷土食やお祭り・伝統芸能の復活、B級ご当地グルメ、ゆるキャラブームなど、さまざまな動きが出現しています。

二者択一ではなく、対抗力が生み出すダイナミズムが、いわば多元的世界を出現させるという「グ・ローカル」時代の幕開けが示唆されているのではないでしょうか。

4つのシナリオが映し出す世界

現代世界の動向を考察するのに、「シナリオ分析」という手法も有効です。世界動向でせめぎ合う力を縦軸と横軸の座標軸で表して、進む方向を見きわめようとするものです。具体的には、2010年の生物多様性条約の「名古屋会議」(COP10)の際に出された「日本の里山・里海評価」レポートで、わかりやすく示されていますので、紹介しましょう。

私たちの社会が向かおうとする力の方向性を示す座標軸、縦軸では「グローバル指向」と「ローカル指向」、横軸では「技術指向(自然支配・改変)」と「自然尊重(自然共生・調和)」です。それぞれの座標軸は真ん中で直角に交わり、4つのエリア(世界)が描けます(図2)。

図2 
出典:「里山・里海の生態系と人間の福利」日本の里山・里海評価2010より一部改変

左上は、技術の力で自然を支配して限界を克服していくとともに、市場の拡大(グロ―バル化)を優先していく世界で、「グローバル・テクノトピア」と名付けられています。都市国家として躍進しているシンガポールや砂漠の中に超近代都市を築くドバイ(アラブ首長国連邦)などが連想されます。

その対極の右下のエリアは、自然志向と調和を重視して地域を優先(ローカル化)する世界で「里山・里海ルネッサンス」として名づけられています。熱帯雨林の保全に努める中米のコスタリカや自然を大切にするスイス、日本の中では里山・里海が育む自然と文化の豊かさを誇る能登半島や伊勢志摩地域などが連想されます。

右上のエリアは、グローバル化と自然調和が重なるところで「地球環境市民社会」、左下のエリアは、ローカル化と技術指向が重なるところで「地域自立型技術社会」と名付けられています。

実際には、世界の動きはいろいろな要素が入りまじって複雑に展開していますが、このように座標軸を用いて、単純化したイメージとして描くことは、現実世界の動向をリアルに考える際には参考になります。

昨年(2018年)、環境省が公表した第5次環境基本計画では「地域循環共生圏」というたいへん興味深いビジョンが提示されました。

参考:「地域循環共生圏」:環境省・第5次環境基本計画の概要 

すなわち、この例でも分かる通り、転機に立つ私たちにとって重要なことは、未来ビジョンを大胆に提示することで現状への変革の力を喚起していくことなのかもしれません。

現代という時代は、いろいろな意味で転換期、過渡期にあり、私たちは不安定な状況のなかで非常に難しい舵取りを迫られています。経済問題、政治問題はもとより環境問題についても、国際レベルでも国内レベルでも大小さまざまな綱引きが演じられ、どちらにどう転んで行くのか、多くの不透明さ、不安定さを抱えています。

「宇宙船地球号」にたとえるならば、この宇宙船を操縦するための新たな羅針盤が必要なのです。将来のビジョンやシナリオを想定して、社会の向かうべき方向性を多面的に検討し、見定めていくことは、今とても重要なことだと思います。

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