在スペイン北朝鮮大使館で何が起きたのか…現地予審判事の捜査報告

スペイン・マドリードの北朝鮮大使館が複数の人物に襲撃されるという前代未聞の事件が起きたのは先月22日のことだ。

スペインのデジタル紙エル・コンフィデンシアルは、侵入者は職員を少なくとも4時間に渡って縛り上げ、館内にあったコンピュータを盗んだと報じた。一方、スペイン氏のエル・パイスは捜査機関の情報として、容疑者の中に米中央情報局(CIA)とつながりのある人物がいると伝えている。

その後、米紙ワシントン・ポスト紙は、事件に北朝鮮の反体制組織を名乗る「チョルリマ・シビル・ディフェンス(千里馬民防衛)」が関与していたと報じると同時に、CIA関与説については否定している。

そのエル・パイス紙は今月27日、事件の捜査を指揮するスペイン全国管区裁判所のホセ・デ・ラ・マタ予審判事の報告書を引用し、事件の概要を報じた。

北朝鮮大使館を襲撃した容疑者は10人で、主犯格にあたるのはメキシコ国籍のエイドリアン・ホンチャン氏(またはエイドリアン・ホン)だ。

報道を総合すると、彼は韓国人宣教師を両親に持つ韓国系米国人で、名門イェール大学を卒業後、2004年に脱北者支援団体のLiNKの協同設立者となった。2006年には中国で、脱北者6人を同国外に脱出させようとして中国当局に逮捕されている。なお、LiNKはホンチャン氏に関する報道を受けて、この10年間、彼は同団体の活動と無関係であったとする声明を発表している。

ホンチャン氏は金正恩氏の異母兄で、マレーシアのクアラルンプール国際空港で殺害された故金正男氏や、彼の息子のキム・ハンソル氏とも知人であると伝えられている。

ワシントン・ポストは28日、韓国国家情報院対北室長を務めたユーワン大学のユ・ウォンデ教授の話として、ホンチャン氏が過去数年間、北朝鮮亡命政府の樹立を準備しつつ、金正男氏にその指導者を引き受けてほしいと要請したが断られたと報じている。

10人のメンバーの中には、イ・ウラム、サム・リュという、韓国系と思われる名を持つ米国国籍者も含まれている。

ホンチャン氏は襲撃の6時間前、マドリード市内の店で拳銃、銃弾、コンバットナイフ、目出し帽などを購入した。2月22日の16時34分(現地時間)に大使館に到着し、ユン・ソッコ代理大使との面談を求めた。ホンチャン氏はこの2週間前、企業経営者を装い、北朝鮮に投資したいとしてユン氏と面談していた。

大使館職員が庭に出てきたところで他のメンバー9人とともに大使館に侵入、暴力を振るい、複数の職員をケーブルや手錠で縛り上げ、監禁した。

「北朝鮮の自由のための人権運動を行っている」と名乗った彼らは、代理大使に脱北を勧誘しつつ、パソコン2台、ハードディスクドライブ2台、携帯電話とUSBメモリー複数個を盗み、21時40分頃に3台の車に分乗し逃走した。

ホンチャン氏は隣国ポルトガルのリスボンから米ニューアーク行きの旅客機に搭乗し、到着の5日後に大使館から盗み出した情報を米連邦捜査局(FBI)に提供したという。予審判事は、この襲撃に加担した2人に対して監禁、暴行、脅迫などの容疑で逮捕状を発行し、国際手配した。

一連の報道と前後して千里馬民防衛から改名した自由朝鮮(チャユチョソン)は、ホームページ上で声明を発表した。

金正恩政権の大使館は他の国のものとは異なり、麻薬や武器密輸の拠点、組織的に人道に反する罪を犯している全体主義体制のプロパガンダの媒体と化しているとした上で、先月22日の事件は攻撃ではなく、誰に対しても暴力は振るっておらず、武器も使用していないと主張した。

また、28日の午前11時(日本時間)には、当面活動を停止するとして、次のような声明を発表している。(編集部訳)

わが組織の現在の立場

わが組織の現在の立場は以下の通りである。

われわれは自由朝鮮の助けを得て北朝鮮を脱出し、世界各国にいる同胞と結集した脱北者の組織だ。

われわれは行動で北朝鮮内部の革命同志たちと共に金正恩政権を根こそぎ揺さぶるだろう。

北朝鮮の政権を狙った様々な作業を準備中だったが、メディアの様々な憶測に基づいた記事による攻撃で、行動小組の活動は一時停止状態にある。

われわれは厳格なセキュリティ上(の理由で)、韓国に在住するいかなる脱北者とも連携したり電話通話すらしたことはない。

メディアはわれわれの組織の実態やメンバーについての関心を自制してほしい。われわれのさらに大きな仕事が目前にある。

われわれは金氏一家の世襲を断つという信念で結集した国内外の組織だ。

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