なぜ路上で歌うんですか? 夜の佐世保を歩く

 佐世保支社に赴任して1年。市中心部の三ケ町、四ケ町アーケードを歩いていると、路上ライブをしている人を見かける。大勢の前で歌える度胸に脱帽しつつ、疑問に思った。なぜ歌っているんだろう-。暑い日も寒い日も雨の日も、夜遅くまで歌うには理由があるはずだ。趣味か小遣い稼ぎか、デビューを夢見ているのか…。取材してみた。
 午後9時すぎ。学生やサラリーマンが行き交うアーケードの一角に、男性の歌声が響いていた。立ち止まって聴く人もいる。「投げ銭はこちらへお願いします」と書いた貼り紙の下をのぞくと、お札が数枚入っていた。「日銭を稼いで生きているんです」。河野聡史さん(37)はつぶやいた。
 大分県由布市で生まれ、17歳からギターの弾き語りを始めた。福岡の短期大学を卒業後、大分や東京、大阪で暮らした。郵便配達や訪問医療の運転手。どれも長続きしなかった。時間を守れなかったり、複数の業務を同時にできなかったり…。精いっぱいやっているのに、なぜかうまくいかない。30代になって注意欠陥多動性障害(ADHD)と診断された。
 知人のつてを頼りに4年ほど前に佐世保に来た。何社か面接を受けたが、全て落ちた。現在は定職に就いていない。週に5回、路上や飲食店で弾き語りをして、投げ銭やオリジナルCDの販売で生活費を稼いでいる。1日に手に入るのは数千円。全く稼げない日もある。
 「この状態が続くと思うと不安。今後どうなるかも分からない。でも今は、生きていくために歌わないと」。そう言うと、再びギターを奏で始めた。
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 日付が変わったころ。人通りがほとんどなくなったアーケードで、ギターを持って立っている男性がいた。佐賀県鹿島市の常行哲平さん(41)。自宅から1時間ほど車を走らせ、歌いに来たという。
 高校でバンドを始めた。卒業後、プロのベーシストを志して上京。しかし1年で断念し、それから約10年間、ヒッチハイクで全国を旅した。その間は路上ライブで稼いだお金で生活。炊き出しに並んだり、飲食店の廃棄を食べたりしたこともあった。
 そんな暮らしを続けていた29歳のある日、テレビの報道番組で自分と同じ年のホームレスの特集を見た。危機感を感じて就職を決意。31歳で介護士になった。
 仕事を始めて10年たったが、今も路上ライブを続ける。「歌うことが好きだから」。週に2回佐世保を訪れ、オリジナルソングを披露している。
 警察官に「騒音で通報があった」と注意されることもある。騒がしくしているわけではないが迷惑に感じる人もいる。冷やかされたり、怒られたりすることも、少なくない。
 それでも歌うのには理由がある。「帰り道に音楽を聴いて、少しでも元気になってほしい。夜道を照らす“街灯”の一つになれたら」。そう願い、明るい歌を届けている。

路上ライブで生活費を稼ぐ河野さん=佐世保市、四ケ町アーケード
「帰り道に音楽を聴いて、少しでも元気になってほしい」と願いながら歌う常行さん=佐世保市、四ケ町アーケード

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