シリア人労働者の沈黙 異色のドキュメンタリー 「セメントの記憶」日本公開中

映画「セメントの記憶」でレバノンの高層ビル建設現場で働く労働者(© 2017 Bidayyat for Audiovisual Arts, BASIS BERLIN Filmproduktion)

 日本が東日本大震災に見舞われた2011年3月、ほぼ時を同じくしてシリアでは独裁的な支配を続けるアサド政権に対する反体制デモが発生、これを発端に内戦に突入し、8年を経たいまでも終結の出口が見えない。流血の続く祖国を逃れたシリア軍元兵士の映画監督が、隣国レバノンの首都ベイルートの高層ビル建設現場で黙々と働くシリア人労働者の受難を追ったドキュメンタリー映画「セメントの記憶」が3月23日から東京・渋谷のユーロスペースで公開中だ。(共同通信=橋本新治)

 監督はシリア中部ホムス出身のジアード・クルスーム(37)。登場するシリア人労働者らが働くのはベイルートの地中海沿岸部に建設中の地上30階建て以上の高層ビルだ。彼らは毎朝、むき出しの作業用エレベーターで高層階に上り、日が暮れると、建設現場の地下に向かって「黒い穴」を下りていく。そこにあるコンクリート壁に囲まれた薄暗い空間が、労働者が暮らす場所。登場するシリア人労働者たちがカメラに向かってせりふを発することはなく、互いに言葉を交わす場面もない異色の作品だ。過酷な環境の下で働き、わずかな休息の時間には、SNSなどで発信されている祖国の内戦の現状をそれぞれのスマホで確認している。

© 2017 Bidayyat for Audiovisual Arts, BASIS BERLIN Filmproduktion

 日本での公開に合わせて来日したクルスームは取材に対し「労働者たちは胸に抱える苦しみを話す権利がなかった。だからこそ言葉を使わずに彼らの物語を作りたいと思った」と話す。「現場では約400人が働き、ほぼ全員がシリア人だった。1日12時間働いて10ドル(約1100円)。完全に奴隷扱い。それでもシリア内戦の爆撃から逃れてきた彼らに他の選択肢はなかった」

 ベイルートの街には「午後7時以降、シリア人労働者は外出禁止」と書かれた横断幕が掲げられている。テレビのニュースは広がるシリア人難民への差別問題やダマスカスで政府軍によって使用されたという毒ガス兵器で苦しむ少女について伝えている。難民でもある高層ビル建設現場の労働者は毎日、目が覚めるように真っ青な地中海、華やかな街並みを見下ろしているが、彼らとこうした世界が交わることはない。

© 2017 Bidayyat for Audiovisual Arts, BASIS BERLIN Filmproduktion

 シリア人労働者たちが働くレバノンも1975年から90年までの15年間続いた内戦で荒廃した。その首都ベイルートは現在建設ラッシュにあり、その現場で内戦が進行中のシリアから逃れてきた労働者らが働いている。シリアでは空爆で家屋が倒壊し、セメントが粉じんとなって宙に舞い、ベイルートの建築現場ではシリア人労働者たちがセメントに水を混ぜて建築用の資材にしている。スクリーンで交錯する〝建設〟と〝破壊〟〝再建〟。映画の原題「Taste of Cement」はセメント=砂をかむような登場人物たちの思いを代弁しているようだ。

 クルスームは現在、難民認定されたドイツ・ベルリンで暮らす。そしてアサド政権が続く限り祖国には戻れないと話す。帰国すれば戦時下の脱走兵として重罪に問われる上、親族からは命を狙われる恐れがあるためだという。背景には、クルスームの家族がアサド大統領と同じイスラム教少数派のアラウィ派に属していることがある。映画の描写自体は淡々としているが、アサド政権を批判的に取り上げたとも言える内容で、クルスームの親族は仲間に「裏切られた」と反発を強めているという。

インタビューに答えるジアード・クルスーム

 映画は日本各地で順次公開の予定。クルスームは「戦後復興を果たした日本の観客がこの映画にどんな反応を示すか楽しみ。遠い国の話ではないと感じられるはずだ」と語った。国連によると、2018年11月時点でシリア難民は564万人、国内避難民は620万人で、計1000万人以上のシリアの人々が住まいを追われ避難先で懸命の生活を続けている。そして原発事故が起きた福島でも故郷を追われた人々が大勢いる。東日本大震災の復興の在り方、4月施行の改正入管難民法による外国人労働者の受け入れ拡大―。この映画を現在の日本と重ね合わせて見ることもできそうだ。(敬称略)

(注)映画公開の最新情報は公式サイトで。

© 一般社団法人共同通信社