【世界から】米、史上最大の裏口入学事件が明らかにしたこととは

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不正入試で訴追された女優のフェリシティ・ハフマン容疑者=2017年9月(AP=共同)

 2019年3月、トランプ大統領のロシアゲートもかすむスキャンダルが米国メディアをにぎわした。さぞや大きな事件かと思いきや、これが有名大学への裏口入学問題。思わず肩透かしを食らうが、その常軌を逸した規模を見ればメディアが騒ぐのも納得がいく。

 エール大学、スタンフォード大学、カリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)、南カリフォルニア大学といった超一流大学を舞台にしたこの不正入学事件は、ハリウッドスターを含む多くの富裕層が関わり、賄賂の総額は約2500万ドル(約27億円)にも上る。FBIは現在までに関係者50人以上を逮捕。事件を担当したアンドリュー・レリング連邦検事は「司法のメスが入った最大の裏口入学事件」と述べた。

 首謀者は受験コンサル会社を経営するウィリアム・シンガー容疑者。表向きの業務は学生の進学アドバイスだが、実態は巨額の報酬と引き換えに富裕層の子弟を一流大学に合格させる裏口入学ブローカーだった。

 興味深いのはシンガーが編み出した手法だ。

 米国の大学が学生を取るやり方は、日本とは違う。各大学が個別に入学試験を実施するようなことはないのだ。ほとんどの大学が、高校時代の成績や民間企業が主催する大学進学適性試験(SAT)の成績、そしてスポーツやボランティアなどの課外活動記録を総合的に判断して合否を決める。

 米東部の名門大学群「アイビーリーグ」といった有名大学に入学するには成績が良いだけでは不十分で、福祉ボランティアへの参加や、スポーツチームで活躍した実績が必要になる。学力が高いのは当たり前、社会性やリーダーシップを備えた「文武両道」が米国の理想的な学生像なのだ。従って、高校時代にスポーツで抜きんでた活躍をした学生は圧倒的に有利で、特別枠で合格が約束されるケースも多い。シンガーはこの点に目を付けた。依頼者の子供がスポーツの花形選手だったという記録をでっち上げ、付加価値をつけて大学に合格させていたのだ。

▼大学コーチも巻き込んだ陰謀

 学生が高校のスポーツチームに所属していたという虚偽の記録をでっちあげるために、シンガーは競泳や棒高跳びの選手の頭をフォトショップですげ替えることまで行った。さらに、いくつかの大学のコーチを買収し、合否選考に便宜を図らせたという。エール大学のサッカーコーチはシンガーから40万ドル(約4400万円)を受け取り逮捕されている。

スキャンダルの舞台となったエール大学

 こうした作業の報酬としてシンガーが受け取った金額は一件につき10万ドル(約1100万円)から25万ドル(約2800万円)。11年から現在までに得た利益の総額は2500万ドル(約28億円)以上と見込まれている。さらに、これらの金を寄付という形で受け取るために、教育関連のNPO法人を設立するという周到さだ。

 当然のことながら、これだけの金額をポンと支払えるのは超がつくほどの富裕層に限られる。シンガーのクライアントとなった家庭はまるで「富裕層の目録」(レリング検事)だったという。訴追された女優は人気テレビドラマ「デスパレートな妻たち」で日本でもおなじみのフェリシティ・ハフマン容疑者と、同じくテレビドラマ「フルハウス」のロリ・ロックリン容疑者だった。ロックリンの娘はボート競技の選手として南カリフォルニア大学に入学しているが、オールを握った経験など一度もないことが明らかになっている。

▼事件が照らし出す大学の不都合な真実

 多くの逮捕者を出した今回の事件だが、罪状は裏口入学ではなく、虚偽の書類の作成を依頼、あるいは容認したことだ。先にも述べたように、米国の大学の合否は学力も含めた学生の総合的な能力で判断され、日本のように入試の成績のみで決められることはない。

 これは一見理想的な方法のようでいて、不透明な部分も多い。有力者の子弟や、親が巨額の寄付(一説には数億円と言われている)をした子供は、成績が芳しくなくても入学できることは米国では公然の事実で、特に問題視されない。事実、その学歴と言語運用能力が釣り合わないことが話題になったアイビーリーグ出身の大統領がかつていた。記者会見でレリング検事は「彼らはビルを寄付して入学したのではない。偽造写真、偽造文書によって入学したことが問題なのだ」と語ったが、ここにもそうした一面がうかがえる。

 シンガー容疑者が罪状認否手続きで述べた次のような答弁は、そうした名門校の暗部を射抜いている。

 「大学には学生が自分の力で入れる『正面玄関』の他に、巨額の寄付によって入学できる『裏口』がある。だがそれは確実なものではない。私は確実に合格できる横の入り口をつくっただけだ」

 いくら富裕層でも数億ドルの寄付ができるのはほんの一握りだ。シンガーがつけ込んだのはまさにその点だった。

▼二極化する教育環境

 人一倍の努力をすれば必ず報われる―。映画や小説で繰り返し喧伝(けんでん)されてきた、いわゆる「アメリカンドリーム」は少なくとも教育の場にはもはや当てはまらない。「名門大学の学生=富裕層の子弟」という図式は徐々に定着しつつある。勉学と同時にスポーツなどの課外活動に参加し、社会性をアピールできる環境を用意できるのは裕福な家庭に限られるからだ。

 17年のリサーチによると、ハーバード大に通う学生の両親の年収中央値は16万8800ドル(約1900万円)だという。平均的な公立高校の優秀な高校生が名門大学に合格するのが至難の業となっているのもうなずける。今回の事件は、大学教育が米国で最も高価な「買い物」の一つであることを再認識させた。(東京在住ジャーナリスト、岩下慶一=共同通信特約)