正直なところ、こんな日が訪れるとは思ってもみなかった。
発足40シーズンの節目を迎えた今季のノルディックスキーのワールドカップ(W杯)ジャンプ男子で、快挙が成し遂げられた。
W杯が始まった1979~80年シーズン以降、欧州勢が独占してきた個人総合優勝のタイトルを22歳の小林陵侑(土屋ホーム)が獲得し、この種目で初めて王者の証しであるクリスタルトロフィーを日本に持ち帰った。
船木和喜、葛西紀明、原田雅彦、岡部孝信ら歴代の名ジャンパーがどうしても届かなかった栄冠を、昨季は総合24位だった小林陵が手にするとは、シーズン前は誰も予想できなかっただろう。
とにかく今季の小林陵は強かった。昨年11月の個人第1戦で3位に入って自身初の表彰台に乗ると、第2戦で初優勝。続く第3戦でも飛距離換算で2位に12メートル以上もの大差をつけて圧勝した。
快進撃は止まらず、年末年始にW杯を兼ねて行われた伝統のジャンプ週間では史上3人目の4戦全勝を達成。歴代最多に並ぶ6連勝もマークした。
世界選手権の個人種目は不運もあってメダルに届かなかったが、終わってみれば個人28戦で歴代2位に並ぶ13勝を挙げる八面六臂(ろっぴ)の活躍で「こんな高いレベルをずっと維持できるとは思っていなかった」と笑みをこぼした。
ジャンプのW杯は、ほぼ全て本場の欧州で行われる。
試合が終われば家に戻ってリフレッシュできる欧州勢とは違い、異文化の地で長期遠征を強いられる日本勢は不利とされてきた。
だが、それを覆す偉業を成し遂げ、1998年長野冬季五輪団体金メダリストの原田氏に「彼には全然関係なかった。できなかった我々の言い訳だった」と言わしめた。
そんな快挙だけに、もっと盛り上がってもいいのに…と思わずにいられない。
スキー競技が日本ではマイナースポーツであることに加え、平昌冬季五輪の翌シーズンで、来年には一大イベントの東京五輪が控えているという背景もあり、国内の注目度は思ったよりも控えめな印象だった。
ドイツ、ポーランド、オーストリアなどの中欧や北欧ではジャンプ人気が高く、数万人の観客が会場に詰めかけることもある。
音楽を使った大会の盛り上げ方も上手だ。小林陵が覚醒する前の昨季。取材のため宿泊していたオーストリアのザルツブルクのレストランで食事を取っていると、店員から「コバヤシブラザーズは…」との言葉が出てきて、驚いたこともあった。
ドイツのテレビでは特集が組まれるなど、現地の盛況ぶりを感じた身からすると、少しだけもどかしさも感じる。
ちなみにジャンプ界の主役に躍り出た小林陵の愛称は「ロイ」。「リョウユウ」は外国人には発音しにくいため、呼びやすいロイとしているそうだ。
昨年11月に2勝目を挙げた際に「やっと1万人に乗った」と喜んでいたインスタグラムのフォロワー数は、右肩上がりに増え、今では4万人を優に超えるまでに増えた。来季以降も勝ち続けていけば、もっと増えていくだろう。
かねてから「ジャンプをもっと盛り上げたい」と語っていたロイは、2021年の世界選手権、2022年北京冬季五輪での金メダル獲得を目指すだけでなく、競技の人気拡大に向けて先頭に立つ覚悟だ。
若手が台頭しつつあり、46歳の「レジェンド」葛西(土屋ホーム)もまだまだ意欲的な日本の男子ジャンプ陣。来季も切磋琢磨し、さらに競技を盛り上げてほしい。
益吉 数正(ますよし・かずまさ)プロフィル
2005年共同通信入社。千葉、甲府、福岡の支社局で警察などを担当後、大阪支社運動部を経て、13年2月から本社運動部。プロ野球の遊軍を2年間担当し、14年12月からスキーや陸上を中心に取材。宮崎県出身。