床上浸水の焙煎コーヒー店再出発~建築を学ぶ大学院生たちが設計

災害から約9カ月が経った4月3日、広島県東広島市のコーヒー豆販売店「歳實コーヒー」がリニューアルオープンした。店は、被災前の倍以上広くなり、店内のレイアウトはがらりと変わった。外から見た雰囲気も以前と違うのに、安芸津の町にどこか馴染んでいる。オープンを前に、店主の歳實勲さんに、被災からここまでの道のりや、店舗リニューアルに関わった人たちの話を聞いた。

昨年7月6日夜。雨はやむ気配はなかったが、歳實さんは「ここは海抜が高いし大丈夫」「今まで被害もなかったし」と思っていたという。22時。母親から「水が入ってきている」と聞き、あわてて店舗へ。店の前の道路を流れていた泥水は、いつの間にか店内に流れ込んでいた。置いてあったものを上に移動したが、水位は最高約40センチまで到達。翌朝見ると、水は引いたが、店内に大量の泥が流れ込み、焙煎機のモーターは浸水で故障していた。

浸水時の店舗前の様子(左)と、浸水した焙煎機。(画像提供:歳實さん)

災害直後、安芸津町へ向かう主要道路はどれも寸断され、車は大きく迂回を余儀なくされた。渋滞も起こり、歳實さんたち安芸津住民は一時期孤立。ボランティアの手もなかなか入らず、住民による復旧作業が続いた。歳實さんの元には、後に遠くは神戸から知人などが駆け付けてくれ、のべ30人が手伝ってくれたという。また、焙煎機メーカーの担当者が「焙煎機は店の命だから」と、まる一日かけて広島市からモーターの修理に来てくれた。おかげで歳實コーヒーは、災害後1週間で焙煎を開始できた。「その頃、ちょっと足を延ばし、安芸津駅前まで歩いて出て初めて、駅周辺の被害の深刻さを知りました。自分の店の被害など、大したことはない、もっと大変な人がいると気付きました」

「ここまで浸水していたんです」と水位を示す歳實さん。

多くの手助けにより、店を再開したものの、「店舗の体裁は保っていても、衛生状態が不安でした。しばらくして床のタイルが浮き上がってきたので剥いでみると、下に泥がたまっていて、このままでは不衛生でお客様に申し訳ないのではないかと思うようになったんです」と歳實さん。だんだんと、店の改修が必要だと思うようになっていた。

 

そんな折、一人の大学生が店にコーヒー豆を買いに来る。当時、新潟大学大学院で建築学を専攻していた、林恭正さんだ。

林さんの母方の実家は安芸津町。会社を営む実家が所有する工場が土砂災害に遭ったことを知り、7月末に新潟から安芸津町へ復旧の手伝いに行っていた。コーヒー好きの母親に勧められ、気軽な気持ちで歳實コーヒーを訪れた林さん。世間話をするうちに、店の改修を考えている歳實さんと意気投合。いつの間にか数時間も店に滞在し、建築に関するアイデアを話し込んだ。この濃い時間が、歳實さんを後押しし、歳實コーヒーリニューアルが決まった。

 

そこで林さんは、新潟大学の友人、中津川銀司さんや、広島出身で九州大学在学の友人、熊谷和さんを誘う。9月中旬に安芸津町にメンバーが集まって、まずは安芸津町を散策した。酒造や古くからある喫茶店、地元住民と積極的に話をした。

「まずは安芸津町がいま、どういう現状にあるかを把握すること、安芸津町の中で、歳實コーヒーがどんな店であるべきか考えることが目的でした。いわゆる『新しい店』ではなく、町の人に受け入れられる店にしたかったのです」と振り返る林さん。住む町の歴史や生活を知り、その中で建築を考えていく、生きた建築―。建てて終わり、ではなく、プロジェクトの企画からデザイン、運営に加わる建築家でありたい―。卒業後、建築業界に進む林さんの目指す建築スタイルでもある。

店舗のリニューアルを手掛けた建築学生グループ。(画像提供:林さん)
旧店舗前で打ち合わせする学生たち。(画像提供:林さん)

学生で作る「設計集団」は、住み込みで行う設計活動やフィールドワークの中で、安芸津ならではのコーヒー焙煎店を模索した。三者三様の意見を組んでベストな案に固めたという。

設計意図は『訪れた人に、家に招かれたような体験をしてもらう事』。本来お客に見せない工場や事務室を道路と繋ぎ、その奥に滞在空間を設けている。林さんたちは頻繁に安芸津町を訪れ、歳實さん宅を拠点とし、図面を微調整しつつ、施工を見守った。

竣工時の店舗。(画像提供:林さん)

林さんは「全てを綺麗にやりかえるのではなく、建物の体験してきた記憶を尊重しながら改修することが重要だと考えました。新しく塗り固めるのは簡単ですが、手を加える・加えないという所ははっきりさせたくて」と、水害跡の残る壁面や古い柱を残した理由を話す。

道路に面した壁面の下部。被災時の浸水の跡が残る。

「広々とした空間ができたことで、コーヒー教室や、コーヒーにまつわるイベントも開催できます。地域の人が喜んでくださるのが何よりうれしい」と歳實さん。

「店舗リニューアルは、林さん、熊谷さん、中津川さんがいないと到底できなかったと感謝しています。新しく命を吹き込まれた店舗で、一生懸命焙煎し、ほっと一息つけるおいしいコーヒーを提供していきたいですね」

歳實さんが一番お気に入りの「事務室」。ここに座れば、焙煎機やコーヒー豆売り場といった「工場室」も見渡せる。(画像提供:林さん)
使い勝手の良い棚。光がふんだんに差し込み、店内を明るく照らす。焙煎豆の他、生豆、ドライフラワーもディスプレイしている。
新店舗は4月3日にグランドオープン。

災害を乗り越え、県外在住の若きデザイナーたちが描いた設計図が形となり、また一つ安芸津町に元気が出た。

新生・歳實コーヒーで歳實さんが焙煎したコーヒーは、きっと多くの人の心を癒していくだろう。

 

いまできること取材班
取材・文 門田聖子(ぶるぼん企画室)
写真 堀行丈治(ぶるぼん企画室)

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