「働きづらさ」どう変える? 障害者サテライトオフィスは隔離を超えるか

マイナビが企画した合同企業説明会でアピールする人事担当者=3月5日、東京都文京区

 「ダイバーシティーを重視しています」「障害の有無に関わらず同じ人事制度で処遇します」。3月5日、東京都文京区で就職情報大手のマイナビ(東京)が企画した障害のある大学3年生向けの合同企業説明会では、IT企業や証券会社など15社の人事担当者が「働きやすさ」を必死にアピールしていた。(共同通信=金友久美子)

 障害者専門の就労支援機関・業者が主催する合同企業説明会はこれまでも行われきたが、同社のような就職情報大手が手掛けるのは今回が初めてという。マイナビの担当者は「1年前からウェブ上で障害のある学生向けの特設ページを設けたが、企業や学生からの要望が強く、直接会って話しをできる場所をつくることになった。健常者以上に売り手市場になっている」と話す。

 2018年4月の法定雇用率の引き上げに加え、今年に入って国や自治体の大量採用が重なり、障害者の採用市場が都市部で活況だ。特に目立つのが、精神障害のある人の新規採用に乗り出す企業。勤務時間の柔軟化や職場環境の工夫など「見えない」障害への配慮が進めば、働きづらさを抱える多くの人にとっても、多様な働き方につながるかもしれない。首都圏で増え始めたサテライトオフィスを訪ねた。

サテライトオフィスで働く太田さん=2月22日、東京都内のインクルMARUNOUCHI

 東京都内に住む29歳の太田翔平さん(仮名)が「念願だった」と話す正社員の職を得たのは、昨年12月初めのことだ。毎日、午前10時から午後7時まで、東京・丸の内にある飲食の運営やプロデュースなどを手掛ける会社「トランジットジェネラルオフィス」(以下、トランジット)の職場に通勤する。同社の本社は東京都港区北青山にあり、太田さんが働くのは障害者雇用の支援拠点「インクルMARUNOUCHI」内にあるサテライトオフィスの一室だ。

 「同僚と一緒に、主にパソコン業務に従事しています。まだ3カ月ほどですが、社員の出退勤情報を打ち込むなど総務や経理業務のサポートをしてきました」

 サテライトオフィスは障害者雇用支援会社「スタートライン」(東京)が運営し、1部屋2~20人程度が勤務できる大小さまざまなオフィスを企業に貸し出す仕組みだ。スタートラインは2009年に東京都八王子市で拠点を開設して以降、現在は神奈川、埼玉両県を含め9カ所に展開。丸の内エリアを「誰もが働きやすく、活動しやすいインクルージョンの場所にしたい」と考えていた三菱地所との協業でインクルMARUNOUCHIを昨年新設した。

 太田さんにとっては、落ち着いて作業できる環境と、困ったときに気軽に相談できる専門員が常駐していることが利点という。「就職まで時間が掛かりましたが、両親からの援助なしに1人暮らしをできるようになったことがいまは嬉しい」と、表情を緩める。

 大学3年生のときに階段で転倒し、脳挫傷を負った。「そのときはそこまで酷いけがとは思わずにいた」が、その後、高次脳機能障害を発症。脳が疲れやすくなり、集中力が続かないといった症状が出たが、病院をまわっても診断名すら定まらないまま2、3年がすぎていった。在学期間を1年延ばし、卒業後は飲食店でアルバイトをして食いつないだ。

 「障害を理解してもらって、周囲の協力を得られる職場のほうが、長く安定的に勤められるのではないか」。そう考えるようになった太田さんは「障害をオープンにし」、精神障害者保健福祉手帳を取得。就労継続支援B型事業所や職業訓練校に通い、訓練を積んだ。昨年、求人サイトを使って障害者枠での仕事を探したときに、目に留まったのがこのサテライトオフィスでの勤務だった。

太田さん(手前)と話す人事労務担当の春野さん(右)ら=2月22日、東京都内のインクルMARUNOUCHI

 「障害者の採用がまったく進んでおらず、経営上の大きな課題になっていた」と話すのは、太田さんを雇用したトランジットで人事労務を担当する春野功二さん。人事のプロとして1年前に入社した春野さんがこだわったのは「飲食店の運営などの本業と関係ある、生産性を担保できる仕事をしてもらいたい」ということだった。だが、働く場の創出は一筋縄ではいかない。頭を悩ますなかで見つけた方策の一つが、サテライトオフィスだったという。

 「採用面接でも飲んでいる薬の種類や通院の頻度などどこまでプライベートに踏み込んで聞いて良いかわからなかった。ノウハウを持ったスタートラインの専門員から、採用や定着まで、継続的なサポートを受けられる点も魅力だった」と振り返る。

 トランジットが運営する他店舗での採用などを含め、1年前に4人だった障害のある従業員は23人に増えた。自身も身体に障害がある春野さんは「サテライトオフィスから店舗などへのキャリアパスも整備し、障害者としてではなく、普通の社員として働いてもらえるような環境を整備したい」と今後の課題を定める。

 ただ、理想の実現へは課題も山積だ。事業拡大がめざましいトランジットでは、社員総数が急増しているため、法定雇用率の達成という面だけ見ても、いたちごっこ状態が続く可能性が否めない。数を追えば、太田さんのように「十分に時間をかけて築くことができた信頼関係」(春野さん)をつくることが難しくなるかもしれない。

 また、店舗などへの異動や定着が広がらなければ、サテライトオフィスが障害のある従業員を囲い込む場所となってしまう懸念もある。障害者雇用を巡っては、農園を貸し出すビジネスが近年拡大しているが、ノーマライゼーションとは逆に「他の社員と障害のある社員を隔離してしまっている」(福祉関係者)との批判もある。サテライトオフィスが分断を超えて、さまざまな「働きづらさ」を解消する場となるのか、今後も注目していきたい。

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