「女性の人生は自分のもの」 暴力問題深刻なトルコ、当局はデモに催涙ガス

3月、トルコ・イスタンブールのデモに参加した女性たちを強制排除しようとする警官(ゲッティ=共同)

 中東の地域大国トルコでは、女性に対する男性の暴力が深刻な社会問題だ。トルコ社会は男性優位で、イスラム色の強いエルドアン政権幹部が女性差別と受け取れる発言を繰り返すことも問題の一因との指摘が多い。国際女性デーの3月8日には、最大都市イスタンブールでの女性デモに、治安当局が催涙ガスを使って介入した。一方、暴力をなくしたいと、ソーシャルメディアなどを通じて声を上げる地元女性が増えている。「女性の人生は自分たちのもの」と訴える暴力被害者や遺族らを取材した。(イスタンブール共同=吉田昌樹、安尾亜紀)

 ▽銃撃

 「夫は私と兄を銃で撃った後、私の口の中に銃を入れ、引き金を引いた。ただ弾が出なかった」。イスタンブールに暮らすハンダン・アシュクンさん(32)は2016年3月、離婚を拒否する夫に銃撃され、下半身不随となった。結婚から10年以上。夫は職に就かず、家庭内暴力にも苦しんできた。

ハンダン・アシュクンさん。銃撃の影響で数週間前に再手術を受け、自宅ベッド上で取材に応じた=3月、トルコ・イスタンブール(共同)

 兄もかろうじて命を取り留め、夫は逮捕された。アシュクンさんはその後、地元メディアのインタビューに応じた。「当初は不安だったし、思い返すのもつらかった。ただ他の女性たちから『勇気が出た』と感謝され、司法への社会的圧力も強まった」と振り返る。

 夫は裁判で事件の計画性を否定したが、今年2月、兄に対する事件も含めて禁錮29年が言い渡された。トルコでは女性への暴力事件は刑が軽くなりやすい。弁護士によると今回の量刑は比較的厳しかったが、公判態度も考慮されて刑が減らされたという。

 判決に対し、アシュクンさんは「女性への暴力を減らすためにも、より重い刑が必要だ」と上訴を求める考えだ。銃撃の影響で今年再手術を受け、今回の取材には自宅のベッドで応じた。現在は親族らの助けも受け、子ども2人と暮らす。「私が声を上げられたのだから、女性は誰だって声を出せる」と言葉に力を込める。

 ▽性的暴行し殺害

 首都アンカラの女子大生シューレ・チェットさん=当時(23)=は昨年5月、高層ビルの20階から落下し、死亡が確認された。警察は当初、自殺と判断したが、遺族弁護士らが独自調査を行うなどし、性的暴行を受けていたことが後に判明。暴行後に投げ落としたとして、事件当夜チェットさんと一緒にいたバイト先の経営者の男2人が逮捕された。

 だが、2人は罪を認めていない。「明るい子で、家族の中心的存在だった」。イスタンブールに暮らすチェットさんの兄シェノルさん(34)が取材に、悲しみを打ち明けた。父イスマイルさん(64)も「約10年前に妻を亡くし、息子1人、娘1人だった」と沈痛な表情を浮かべる。シェノルさんとイスマイルさんは「これ以上、同じ目に遭う女性が二度と出てほしくない」と強調し、犯人に厳刑が必要だと訴える。

殺害されたシューレ・チェットさんの写真を持つ兄シェノルさん(右)と父イスマイルさん=3月、トルコ・イスタンブール(共同)

 ▽女性4割に暴力被害経験

 トルコは伝統的に男性が優位の保守社会だ。2014年に首都アンカラのハジェテペ大学が行った調査では、約4割の女性が身体的、性的暴力の被害経験があると回答した。地元市民団体「女性殺害防止プラットフォーム」によると、暴力による女性殺害も年々増え、2018年は440人が殺された。いわゆる「名誉殺人」も続いている。

 同プラットフォームのギュルスム・カブさん(47)は「『男が強い』との考えが社会に根強く、あらゆる面で女性が不平等な立場に置かれている」と指摘。女性保護の法律を機能させ、女性が経済的に自立することも重要だと強調する。

 ▽男尊女卑的発言

 トルコ政府は各地に女性保護シェルターを設置するなど、対策を進めてはいる。ただ「十分でない」との声が女性団体から上がる。イスラム保守の与党、公正発展党(AKP)幹部らが男尊女卑的な発言をたびたびすることも、暴力が減らない要因だとの指摘も多い。エルドアン大統領自身、「男女の立場は平等ではない」「母性を拒否し、家庭を守れない女性は仕事の世界で成功しようが不十分だ」などと発言してきた。

 3月8日の国際女性デーでは、世界各地で女性の地位向上を求めるデモ行進が行われる中、イスタンブール中心部での女性デモに治安当局が介入した。当局はこれまでにも治安を理由に市民デモを禁止するなど、強権姿勢を強めていた。今回、恒例のデモがあったのは市中心部の繁華街イスティクラル通り。治安部隊は「黙らない」「怖がらない」と連呼する女性たちを強制排除するため、催涙ガスを発射し、警察犬で参加者を追い立てた。

3月、トルコ・イスタンブールのイスティクラル通りで、国際女性デーのデモに参加した女性たち(共同)

 当局の介入に絡み、エルドアン氏は3月10日の演説で、イスラム教徒に礼拝を呼び掛ける「アザーン」に対してデモ参加者らが口笛を吹くなど無礼な態度を取ったと批判、強制排除を容認する姿勢を示した。参加者の1人は「間違っている。世界中で女性のお祝いをしているのに」と当局の強権対応を非難する。

 ▽男女平等、世界130位

 世界経済フォーラム(スイス)の2018年版「男女格差報告」では、トルコは149カ国中130位だった(日本は110位で、先進7カ国で最下位)。残念ながら、女性差別の撤廃や地位向上の道のりは遠い。ただ「現状を変えたい」「暴力を撲滅したい」と求める女性たちの声は強まっている。

取材に応じるエキン・サルさん=3月、トルコ・イスタンブール(共同)

 イスタンブールの女性教師エキン・サルさん(30)は今年2月、元教え子の男子大学生から1年半、ストーカー被害に遭ったり殺害するとの脅迫を受けたりしているとツイッターなどで実名告発した。地元紙の取材にも答えた。その後つきまといは止まっているが、今も「怖い」と話す。「暴力に黙るべきではないが、声を上げられない女性もいる。女性が皆、力を合わせていくべきだ」と訴える。

 暴力を受けた女性の保護に当たる地元市民団体「紫の屋根」のギュルスン・カナットさん(53)も「女性の人生は自分たちのもの。連帯し、一緒に強くなっていくべきだ」と力説した。

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