明日をも知れない関係となってしまった彼女・清瀬まちと新しい出発を求めドライブへ
1年前、彼女と待ち合わせをしていた時に、ふと入った書店で見かけた雑誌の表紙に新型Z4の写真が載っていた。
ナンバープレートは日本のものと違い横長だったが、端正でシャープな直線が乱立するそのボディスタイルに一瞬にして目を奪われた。いかにもメカニカルな、それでいて高級車然とした雰囲気で、注文が開始されると同時に、僕は近所のBMWディーラーへと足を運んでいた。
そして当時、僕にとってはBMWらしさであり、誇らしげに感じるキドニーグリルのことを、彼女は「ブタさんみたい」と言ったが、その後、納車された現在では、それについてなにも言わない。もはや、グリルの賛否どころではなく、僕たち2人は明日をも知れない関係だからだ。
(この物語はフィクションです)
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「桜を見に行きたい」
彼女のまちはそうつぶやいた。
ひと晩中、お互いの意見をぶつけあい、そのまま朝を迎えた。お互い疲労感が漂っているなか、「なにが桜だ」とも思ったが、ふと、桜というのはふたりが新しい出発をするきっかけとしては、ふさわしいのかもしれないと考え直した。
納車されたばかりの新型Z4に乗り込む。不思議と眠くはない。ただ、2シーターのクルマというのは狭いものだと聞いていたけれど、僕にはやけに広く感じられた。まちも助手席に乗るなりこう言った。
まち:「なんだかこのクルマ、狭いと思ってたけど広いね」
僕:「今どきのオープンカーは、ある程度、実用性が高くないと売れないんだ」
まち:「ふ〜ん、オープンカーって誤解されがちな存在だよね」
僕:「実用性が低いと思われてる?」
まち:「そう。あと風の巻き込み。思ってたより髪の毛ボサボサにならないし」
僕:「それもこの新型Z4だからじゃないかな。なにせいま世界でも最新鋭のオープンモデルだから」
まち:「ふ〜ん。……そういえば私たちも、昔は最先端のカップルでいようね、なんて言ってたよね(笑)」
まちの言うとおり、僕たちは付き合った当初、デートスポットから新作映画、新刊本まで、新しいものをすべて一緒に楽しめる、最先端のカップルでいようなどと誓ったものだった。
新型Z4は、屋根が従来のハードトップからソフトトップへと変更された。とはいえ、最新の幌は遮音性が高く、屋根を閉めても会話が成り立つ。ただ、静かな環境があっても、今の僕たちの会話がそれ以上盛り上がることはなかった。
二人の状態を表すような生憎の空模様
今の二人の状態を表すような生憎の空模様の中、桜の咲くポイントに到着。
それでもまちは雨なんか気にしないでつぶやいた。
まち:「やっぱり桜を見ると心が洗われる気持ちになるな。それにここは心地よい風も吹いてて、気持ちいいね」
僕:「ちょうど今の季節が、オープンカーにとっては一番いい季節なんだ」
まち:「そっか、梅雨になって本格的に雨のシーズンになったら屋根を開けられないもんね」
僕:「まあね。けど、さっきの最新鋭オープンカー論でいうなら、クローズド状態でもスタイリングの良さが失われないのがこのクルマの美点だ」
まち:「どちらか優先じゃなくて? 『とにかくオープン状態がカッコいい』っていうだけじゃダメなのかなあ。閉めたらカッコ悪かったとしても、そのほうがオープンカーとしてストレートに魅力を表せると思わない?」
僕:「なんというか……まちって、意外とロマンチストなんだね」
まち:「ううん……本当はオープンカーのオープン論なんてどうでもいいんだけどさ。ただ、私はオープカーは屋根開けてる姿のほうが好きだな」
僕:「開けてもカッコいい、閉めてもカッコいい。どちらか片方足りなくても、最新鋭のオープンカーでは成立しないんだよ」
そう断定すると、まちは黙って、不思議なものでも見るかのように僕の目を見つめていた。
僕はずいぶん長い間、彼女の寝顔を見ていなかったことに気付いた
桜のスポットをあとにして、遅めのランチのために移動することにした。
「無性にジャンクなものが食べたい」
桜の次にまちが希望してきたのがこのセリフ。
そういえば最近ご無沙汰だった2人のなじみのハンバーガー屋に向かうことにした。
以前と変わらぬ佇まいで迎えてくれるハンバーガー屋。何度も通っていたというのに、相変わらずまちはメニューに目を通す。変わらぬその光景を横目に、僕はいつものメニューを注文する。
「ここのハンバーガー、見てるだけでも元気が湧いてくる」いつものまちの口癖だ。
そしていつも2人で無心で頬張るのがお決まりのコース。徹夜明けの疲労感を振り払うかのように、もちろん今回も。
ランチを済ませた後、気の向くままハンドルを握っていると、海沿いの曲がりくねった道に差し掛かった。
新型Z4はボディサイズが拡大されている。ノーズが短くなり、トレッドが拡幅されたことで、先代モデルよりコーナリングが楽しい。BMWが作ったMINIの走りはゴーカートのようだと形容されるが、この新型Z4のハンドリングも十分その域に達している。
気付くと、助手席のまちは心地さからか居眠りをしかけている。
この新型Z4のエンジンは、3.0リッター直6ターボだ。正直、人間2人を乗せて走るにはパワフル過ぎるくらいだが、ジェントルに走るにはこれくらいでちょうどいい。乗り心地も快適だし、コーナリング時のロールも抑えられている。
これなら、男だろうと女だろうと、徹夜していようといまいと、助手席に座っていたら寝てしまうのも無理はない。
ただその時、僕はずいぶん長い間、彼女の寝顔を見ていなかったことに気付いた。
どちらか片方足りなくても成立しない
ワインディングを行った先、海が一望できるスポットにたどり着いた。
一服がてらクルマを停めると、眠っていたはずのまちが口を開いた。
まち:「ホント、ハンドルを握ってる時は無邪気な顔してるよね」
僕:「あ、ごめん。起こしちゃったかな??気づかなかった」
まち:「夢中になってて、子どもみたい」
僕:「そうかなぁ。まちだって、出会った時は子どもみたいだったぜ」
あの時、まちのショートボブの髪からのぞいた顔は、すごく小さかった。色白で、化粧っ気がなく、まるで有機栽培の農作物みたいだと思ったものだ。
まちとの出会いについて考えていると、こんな僕たちだが、どんなカップルにもあるように、蜜月時代があったことが思い出された。
まち:「けど、私わかってるよ。それだけこのクルマが魅力的ってことだよね」
そう、実は僕は初代モデルの頃からZ4に惹かれていた。もちろん、このクルマの車歴をひとくくりにすることは不可能だ。
Z3の上位モデルとしてアメリカ人によるエキゾチックなデザインで登場した初代モデル、2代目モデルは幌オープン&クーペという形式を捨てて電動式のリトラクタブルルーフを採用してきた。そしてこの3代目である。トヨタ スープラとの共同開発ということで、世界の度肝を抜いた。
そう、このクルマは、古典的オープンでありながら、稀代のラジカリストでもあるのだ。
常にBMWの大看板を背負いながら、時代の最先端を追求してきた。だから、開けても閉めても両立するスタイルを実現しているし、オープンの開放感と走りの楽しさも共有している。
そんなことを考えている僕の心を見透かしたように、まちはつぶやいた。
まち:「ねえ、さっきさ、どちらか片方足りなくても、最新鋭のオープンカーでは成立しないって言ったよね?」
僕:「言ったし、今もそのことを考えてたよ」
まち:「それって、男と女にも言えることじゃない。どちらか片方が足りなくても、最先端のカップルにはなれないって」
僕:「……」
どれだけ意見がわかれても、ひと晩眠れば忘れて仲良くしている2人だった。だって最新鋭のカップルだから、あれもこれも試したかったし、あちこちへ行きたかった。喧嘩なんかしている時間は2人になかったのだ。
今なら言えるのだろうか。最新鋭の2人らしく、どちらがかけるでもなく、これからも一緒にいようと。きっとまちは僕がそう言いだすことを待っている。自分で動き出さなきゃいけない、新型Z4にもそう言われた気がした───。
[Text:安藤 修也/Photo:小林 岳夫/Model:清瀬 まち]
Bonus track
清瀬 まち(Machi Kiyose)
1991年3月23日生まれ(28歳) 血液型:B型
出身地:岡山県
日本レースクイーン大賞2016 グランプリ受賞
SUPER GT LEXUS TEAM SARD 2019 KOBELCO GIRLS
SUPER GT LEXUS TEAM SaRD 2018 SaRDイメージガール
SUPER GT エヴァンゲリオンレーシング2017
2018 RIZINガール