「安全な航空機」米大統領に直訴したボーイング 737MAX、乗客危険にさらした政治の「忖度」

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

 

米フロリダ州の空港に駐機するボーイング737MAX8=3月14日(ゲッティ=共同)

「不正確な情報がもとで操縦特性補助システム(MCAS)が作動したのは明らかだ」。半年間に2度の墜落事故を起こし、乗客と乗員の計340人近くが犠牲になる大惨事を招いた最新鋭機種737MAX(マックス)を製造した米大手航空機メーカー、ボーイングのデニス・ミュイレンバーグ最高経営責任者(CEO)が米時間4日、航空機の欠陥を認めた。しかし、同CEOはわずか3週間前には2度の墜落にもかかわらず、ドナルド・トランプ米大統領に電話して「737MAXは安全だ」と直訴して欠陥航空機の運航停止を回避しようとしていたと報じられた。墜落事故で大勢の尊い命を奪い、さらなる航空利用者を危険にさらした罪は重い。 (共同通信社福岡支社編集部次長=大塚 圭一郎) 

 ▽コントロール不能の機体

 「パイロットはボーイングが示していた手順を全て実行したものの、機体をコントロールできなかった」。エチオピアのダグマウィット・モゲス運輸相は4日、エチオピア航空の737MAX8の墜落事故の暫定調査結果を発表した際に機体の問題を投げかけた。

 3月10日に首都アジスアベバからケニアの首都ナイロビへ向かった航空機は離陸してわずか6分後に墜落し、乗客乗員157人全員が犠牲になった。調査結果では離陸直後に機首の角度を測るセンサーの異常によってMCASが4回作動して機首が下がり、パイロットが機首を上げようと苦闘したものの墜落したと指摘した。

 このMCASは、1967年に試験機が初飛行してから半世紀余りの間に生産機数が1万機を超え、ベストセラーとなった小型旅客機737シリーズの歴史でもMAXで初めて採用された。背景にあるのは、「最新の次世代737に比べて燃料消費量を14%削減し、競合機材(欧州エアバスの小型機A320シリーズ)に比べて燃料消費量を1座席当たり8%減らした」(ボーイング)という燃費性能改善のため、新型ジェットエンジンを搭載したことだ。

 MAXで採用した米CFMインターナショナル製エンジンは従来の737のエンジンより大きくなり、主翼に取り付ける位置を従来機より前に移動させる必要が出た。この影響で機体の釣り合いが取れず、機首が上がり過ぎて失速しやすくなるリスクが生じた。対策として導入したのが、MCASだ。

 機体前方の操縦席付近には機首の角度を測定するセンサーを取り付けており、飛行中に機首が上がり過ぎているとセンサーが検知した場合はMCASが強制的に水平尾翼を取り付けた部分の角度をやや前上がりにする。これにより、機体後部を押し上げる力が加わるようにし、機首を下げてバランスが取れるようにする。

 しかし、2回の墜落事故はともにセンサーが機首の角度を誤認してMCASが誤って作動し、パイロットを支援するどころか逆に事故を招いてしまったという致命的な欠陥が浮き彫りになった。昨年10月29日に墜落して乗客と乗員189人全員が死亡したインドネシアの格安航空会社(LCC)、ライオンエアの首都ジャカルタからスマトラ島のデパティ・アミール空港へ向かっていた737MAX8も、離陸から墜落までの10分間に26回にわたってMCASが作動して機首を下げ、パイロットが何度も操縦桿を操作して手動で機体を立て直そうとしていた。

 インドネシアの国家運輸安全委員会(NTSC)が昨年11月28日に公表した事故調査報告書によると、事故機は前日の昨年10月28日にもバリ島からジャカルタへ飛行中に同じ現象が発生。この際はパイロットがMCASのスイッチを切り、手動での操縦に切り替えて目的地に無事到着した。 

 ▽トップが「安全」とロビー活動

 ところが、欠陥を認めて修正するどころか放置された結果、大勢の命が奪われる結果になってしまった。それどころか、ボーイングは2度の墜落後も737MAXが運航禁止になるのを防ごうと、トップ自らが米国大統領に対して「737MAXは安全だ」と虚偽の主張をしていたのだからタチが悪い。

 エチオピア航空の事故後に737MAXの安全性への懸念が高まり、欧州連合(EU)と加盟国である英国やドイツ、フランス、さらに中国などの航空当局が737MAXの運航を一時停止するように命じた。トランプ氏も短文投稿サイト「ツイッター」に「航空機は飛ぶのに複雑になりすぎている」と書き込み、自動化によって航空機が「複雑になりすぎている」ことが「危険を生んでいる」と指摘した。

 すると、ミュイレンバーグCEOはトランプ氏に電話し、「737MAXは安全だ」と伝えて運航停止にしないように“直訴”するロビー活動に及んだと報じられた。ボーイングは18年だけで1512万ドル(約17億円)ものロビー活動費を投じており、民主党のキャロライン・ケネディ前駐日アメリカ大使を取締役に迎える一方、トランプ氏に電話という“ホットライン”で連絡できるという政治力の強さを見せつけた。

 そんなトップ自らのロビー活動も功を奏してか、米連邦航空局(FAA)のダニエル・エルウェル局長代行は事故2日後の3月12日になっても「運航停止を判断する根拠はない」とボーイングの肩を持つような発言に終始した。 

 ▽目先の運航で航空利用者を危険に

 しかし、MCASの欠陥が2つの墜落事故につながったとの見方が濃厚になる中で、なかなか重い腰を挙げなかったFAAも、エチオピアでの事故の3日後の3月13日になって「二つの事故の類似性が見つかった」と指摘して737MAXの運航と乗り入れを禁止した。

 背筋が寒くなるのはボーイングの政治力に押され、航空大国の米国で欠陥航空機の運航が半年間で2度目の墜落事故後も3日間にわたって野放しにされた事実だ。737MAXは日本航空(JAL)が提携しているアメリカン航空や、米LCC大手のサウスウエスト航空などが導入しており、米国に飛ばしている外国航空会社も多い。

 トランプ政権は「企業や業界団体からのロビー活動に距離を置いていたオバマ前政権から一転し、ロビー活動が白熱を帯びている」(首都ワシントンの有識者)とされ、鉄鋼大手USスチールの顧問弁護士だったロバート・ライトハイザー通商代表が“ひも付き”の米鉄鋼業界への利益誘導を如実に示すように輸入鉄鋼、アルミニウムへの追加関税を昨年3月に発動した。

 トランプ氏は外国にボーイングの航空機を売り込むトップセールスも繰り広げており、表向きは「米国第一主義」に則った米国製航空機の販売拡大だが「ディール(取引)を重んじるトランプ氏だけに政治献金という見返りと、20年の大統領選挙で自身への応援を期待しての打算的な行動ではないか」(米国の政治ウォッチャー)と訝しがる向きが出ている。

 トランプ政権の動きには危うさがはらむが、大統領自らがボーイングの影響を受け、FAAも判断が及び腰という姿勢は航空利用者の安全性確保という責務を後回しにしているように映る。それどころか事故が再び起こるリスクを招き、人命を危険にさらしたと言っても過言ではあるまい。

 航空利用者の安全性よりも目先の運航停止逃れを優先し、欠陥のある737MAXを「安全だ」と虚偽のメッセージを発して運航停止に待ったを掛けたボーイングのトップの姿勢には大いに問題を抱かざるを得ない。そんな働き掛けを受ける米国大統領と、息の掛かったFAA高官のもとで運航停止命令がEUなどの他国より遅れ、最優先すべき安全輸送が後手に回るトランプ政権は、権力が持つ危うさを露呈した。危うい方向へと進ませる政治の「忖度」は、必ずしも日本の専売特許ではなさそうだ。

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