「天皇の馬」は何を物語るか 経済合理性と生きもの

東大総合研究博物館「家畜展」

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佐々木央

47NEWS編集部、共同通信編集委員

佐々木央

47NEWS編集部、共同通信編集委員

 本州の北辺・下北半島で育ちました。子どもや若者のこと、生きもの(動物園・水族館)について長く取材してきました。なので、軽視されたり無視されたりしがちな存在、人権のないものへの共感も少しはあります。 

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 「博物館に、心地よい解説や気の利いた知識を求めるのなら、余所へ行くがよい」。蛇腹の紙の展示解説を開くと、挑発的な言葉が書かれていた。

「天皇の馬」左がファルーチョ、右がガルーチョ。左手端の巨大頭骨は京都競馬場のヘンリー

 東京・本郷の東大総合研究博物館で開かれている企画展示「家畜―愛で、育て、屠る」。博物館の家畜展なら、家畜についての博物学的知識が得られるはず。そんな期待はあっさり裏切られる。冒頭の蛇腹の言葉は、展示監督である遠藤秀紀・同館教授による。

 示されるのは、何万年も前から続く人と家畜の関係の多様性であり、生きものをめぐる文化である。あるいは監督の遠藤さん自身のロマンか。

 結果として揺さぶられるのは、近代文明が行き着いた経済合理性と、それにどっぷりつかった自分自身だ。時節柄、「天皇の馬」から始めよう。(47ニュース編集部、共同通信編集委員・佐々木央)

 ▽示唆に富むファラベラ 

 展示の最初はイノシシと、それが家畜化されたブタの頭骨。背後の床にはゾウやキリンやサイの頭骨が並ぶ。家畜と、家畜にならなかった生きものの違いは何か。そんなことを考えながら、次の空間に進む。

 2頭の小馬の剥製が立ち、その頭骨2個が置かれる。黒いプレートに刻まれた「天皇の馬」という白い文字。2頭は1979年、当時のアルゼンチン大統領から皇太子に送られた。愛称ファルーチョとガルーチョ、つがいではなく2頭ともオスである。横浜市の「こどもの国」で飼育され、時代が平成になると「天皇の馬」となった。大切に飼われて2頭とも長生きし、2013年にファルーチョが、翌年ガルーチョが死んだ。

 ファルーチョとガルーチョはファラベラという品種だ。南米アルゼンチンで育種され、世界最小のウマの品種とされる。体高70センチ、幼児以外は背に乗せることは難しく、ペットとしての歴史を歩んできた。

 遠藤さんは動物の遺体解剖を専門とする。「ファルーチョとガルーチョの第2の生涯を、研究と教育に末永く役立てたい」と話す。既に研究論文も書いている。

 「体重が極端に少ないので、体重を支える必要がなくなり、体の構成がウマの平均値を逸脱しています。最初の発表は、肩のあたりがどう変化しているかという内容です」

 ファラベラという品種の歴史にも注目する。

 「例えばイギリス産のポニーなら、天井の低い炭坑で石炭の搬出に使われた。ところがアルゼンチンでは愛玩に向けたファラベラの育種を始める。人と家畜の関係を考えるとき、示唆に富んでいます」

 2個の小さな頭骨の左右に、倍以上もある頭骨が置かれている。一つは京都競馬場で観客の馬車を引いていたヘンリー、品種名はシャイアー。もう一つは、挽曳(ばんえい)競馬から富山市ファミリーパークに移って人気者だったハヤトリキ。こちらは「半血」(はんけつ)という集団に属する。

 極小馬と巨大馬の頭骨。人は同じウマからこれほど違った生きものを作り出したのか。

 ▽「土の誇り」示すキアニーナ

巨大な牛たち。左がホルスタインのオス。右がイタリアの農村で飼われるキアニーナ

 巨大な牛の剥製が2頭並んでいる。1頭は日本中の牧場で見られる乳牛、ホルスタインだ。肩の高さは181センチ、体重は1トン超だという。その大きさはホルスタインのイメージを覆す。

 それもそのはず、ここにいるのはオス。日本の牧場にいる200万頭のホルスタインはすべてメスで140センチぐらいだ。オスは高性能の乳牛をのこすことを指標に厳しく選抜され、極限まで改良されて、約400頭しかいない。妊娠は人工授精によって成立している。

 「あまりの大きさに拡大模型だと誤解される。現代の都市社会では多くの人が家畜の真実から切り離されていることも示しています」と遠藤さん。

もう1頭の巨牛はキアニーナ。イタリア・トスカーナ地方の農村で飼われている品種だ。2メートルを超えるオスがいたという記録もある世界最大牛だ。ただし成長に時間がかかるので、肉牛としてそろばんをはじいたら、合わない。

 「それでもトスカーナ地方の農家はみんなこれを飼っている。人工授精なんかもっての外だから、種牛も一緒に飼う。キアニーナはトスカーナの農民の“土の誇り”を感じさせ、家畜の存在意義を揺るぎなく語っています」

 ▽戦乱の中でも家宝のように

すべてセキショクヤケイから始まった。中央のひときわ背の高い鳥はインディオ・ギガンテ、体高1メートル超を狙う

 展示の最後、ニワトリたちに一驚する。57品種、171体を一堂に集めた。色とりどり、大きさも形もさまざま、およそ同じニワトリとは思えない。

 その中にニワトリの原種、セキショクヤケイもいた。さして目立たないこの小ぶりの野鳥からすべてが始まったのだ。人が家禽化し、これほどの多様性を達成した。

 いま地球上に約200億羽いて、日本にはこの瞬間に3億から3億5千万羽が生きている。約3億とすると、1億3千万が肉用のいわゆるブロイラー、残りが採卵鶏だという。だが、剥製としてここに並ぶニワトリのほとんどは、単なる畜産物を超えた存在だ。

 尾の長さを競い、鳴き声を愛で、姿の美しさを誇り、闘わせて楽しむ。信仰と結びつき、あるいは権力者への貢ぎ物として大切にされた品種もある。

 遠藤さんによれば、奇っ怪なほど太い脚のドンタオは、ベトナム戦争の戦乱の中でも、ベトナム人たちは家宝のように担いで逃げたという。

 「家畜は人の心にすみつき、心に潤いを与える。人の伴侶であり、社会の伴侶でもあった。長い間、彼らの命と人間の関係は、合理性によってではなく、はるかに奥深い心の結びつきに支えられてきたんです」