認知機能検査の強化から2年 「生活の足」変わる高齢者 免許返納後、利便性に課題も 長崎県、事故対策にGPS利用

 75歳以上の高齢ドライバーの認知機能検査を強化する改正道交法が2017年3月に施行されて2年。免許の自主返納者は増えているものの、返納後のお年寄りの「生活の足」をどう確保するか、今も車を運転する高齢者の安全をいかに守るか-行政機関や民間で試行錯誤が続いている。長崎県内の課題や対策を追った。

 「これから検査を始めます。皆さん、私の声が聞こえますか? 聞こえたら、手を挙げてください」

 ■日 常

 3月のある日。長崎県大村市古賀島町の長崎県警運転免許試験場の一室に検査官の声が響いた。集まっていたのは75~89歳の高齢者9人。3年ごとの免許更新時期を迎え、認知機能検査を受ける高齢運転者たちだ。

 検査開始数分前になって、1人が突然声を上げた。「受験票がない!」。職員らが捜し回ったが、結局、本人のバッグの中にあった。検査は予定時刻から20分遅れて始まった。職員の一人は苦笑いを浮かべ、「これが認知機能検査の日常です」と漏らした。

 検査は1回30分。「今日は何曜日」などの質問に回答したり、16種類のイラストを記憶し一定時間が経過した後に何の絵だったか答えたりする。こうした設問を通じ「記憶力・判断力が低くなっている人」は第1分類、「少し低くなっている人」が第2分類、「低下の心配がない人」が第3分類に区分される。「認知症の恐れがある」と判定された人は医療機関の受診が義務付けられ、正式に「認知症」と診断されれば免許取り消しや停止となる。

 ■「死活」

 検査結果を待つお年寄りの胸中は複雑だ。「車がないと生活できん。家族にはかなり心配されているが、自分はまだまだ大丈夫やと思っている」と語るのは、運転歴63年で諫早市の農業、津田正之さん(89)。自宅から畑まで毎日片道15分はハンドルを握る。

 記憶力の衰えは自覚しているが、簡単に免許を手放せない事情もある。「いつも楽しみにしている老人クラブの集まりにも行きにくいし、地域の人たちとの交流機会が減る。田舎でバスは利用しにくい」と津田さんはぼやく。免許返納はまさに「死活問題」だ。

 免許を返納した高齢者に移動手段を提供しようと、長崎県交通局は昨年末、65歳以上を対象に路線バスが定額乗り放題となる定期券「プラチナパス65」の本格運用を開始。佐世保市や諫早市など一部地区では、返納者を対象に料金割引サービスを始めたタクシー会社もある。ただ、こうした対策が講じられても、自家用車に比べるとスムーズに目的地までたどり着きにくく、移動の自由度は下がる。また各種サービスの利用料金が経済的負担にもなり、高齢者にとって「まだまだ心理的ハードルも高い」のが実情だ。

 ■充 実

 検査の実務面でも課題がある。受講者の待ち日数の長さだ。長崎県内では、長崎県警が委託する教習所22カ所で検査を実施しているが、平均待ち日数は61.6日(昨年6月時点)。日数短縮策として、長崎県警は昨年7月から運転免許試験場でも週1回、検査ができる態勢を整備。1回40人が受講できるようにした。

 ただ、長崎県警運転免許管理課によると、昨年末時点の平均待ち日数は67.9日(全国平均51.1日)に延びる一方、今年1月末時点では46.3日にまで改善されるなど、受講者数の重なり具合や教習所の繁忙期などによってばらつきがある。長崎県警は本年度から試験場での実施回数を増やすことを検討している。

 同課は「検査実施の枠組みを広げ、地域包括支援センターとの連携や適性相談員を配置することで高齢ドライバーの免許継続に対する相談体制の充実を図っていきたい」と話している。

 免許返納者は増加傾向だが、高齢者が被害者、あるいは加害者となる事故は依然後を絶たない。長崎県警交通企画課によると、昨年長崎県内で発生した交通事故4641件(前年比650件減)のうち、65歳以上の高齢運転手が絡んだ自動車事故は1443件(前年比204件減)。過去10年間で最少だったが、同課は「毎年増減を繰り返して、高止まりの状況。交通事故全体に占める高齢者の割合は年々高くなっている」と指摘し、予断を許さない現状が続いている。

 ■データ

 事故対策として、長崎県は本年度から衛星利用測位システム(GPS)を利用し、高齢ドライバーの特性をデータ化して解析するモニタリング事業に取り組む。2019年度一般会計当初予算に約500万円を計上した。

 同事業は岡山県に次いで全国2番目。長崎県内の65歳以上の高齢運転者100人を抽出し、各車両にGPSを設置。「いつ、どこで、急加速や急停止をしたか」などのデータを3カ月間収集し、高齢者の運転特性などを解析。高齢者講習などでの安全運転指導などに生かす試みだ。

 先行する岡山では、昨年9月~今年2月、県内150人の高齢運転者のデータを収集。急ブレーキなどの運転情報を本人や家族に随時メールで通知し、注意を促して事故の未然防止を図っている。さらに今後2年間で計300人の運転特性を収集、解析する予定という。

 長崎県交通・地域安全課は「運転免許の返納を考えてもらうきっかけになる。そのほか高齢者の運転特性を解析するだけでなく、道路環境の要因を特定するのにデータを活用できるのでは」と効果に期待を寄せている。

 ◎スムーズな返納へ家族が協力を/運転適性相談員・多賀谷由佳(たがや・ゆか)さん

 認知症などドライバーの健康上の異変を早期に発見するため、長崎県警運転免許試験場(大村市)で運転適性相談員として3年前から勤務する多賀谷由佳さん(46)。看護師の資格を持ち、約10年の病院勤務経験を生かしながら高齢運転者に寄り添う仕事について聞いた。

 -相談に訪れた際の当事者の様子は。

 相談者の多くはやはり不満を持っている。面談前には、ご家族に対して「認知症」のワードを出していいかどうか確認を取るようにしている。

 -自主返納に至るケースの傾向はあるか。

 家族がカバーしてくれる姿勢を示し、協力してくれる場合は免許返納もスムーズ。免許がなくなると生活するすべを失う高齢者もいるので、そういう場合での相談は難しい。家族同士の話し合いだと、どうしても感情的になる場合が多いが、自分としてはあくまでも場を和ませられるように、第三者として冷静な意見を出すことを心掛けている。

 -具体的な相談内容は。

 医師からは「認知症の恐れがある」と診断されたのに、県警の認知機能検査では「認知症の恐れはない」と逆の判定をされた場合、「どちらの結果を信じればいいのか」と家族が相談に訪れることがしばしばある。県警の認知機能検査は集団検査なので、個別で診断する医師の診断結果の方が、より精度が高いのではないかと感じる。

 -仕事の信条は。

 高齢運転者は「私の気持ちはわからないだろう」と語る。それに対して、優しい言葉で共感し、同じ目線で話すことが大事だと思う。

認知機能検査の前、説明を受ける高齢者たち=長崎県大村市古賀島町、長崎県警運転免許試験場

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