【米朝会談取材の舞台裏】⑤歩いた理由 ベトナム首都ハノイ・北朝鮮大使館

ベトナム・ハノイの北朝鮮大使館に姿を見せた金正恩朝鮮労働党委員長(前列左)=2月26日

 観光名所としても知られる、ベトナムの首都ハノイ中心部の「ホーチミン廟」から歩いて15分ほど。小さな交差点の一角に、赤茶色の屋根をした3階建ての洋館が建っている。クリーム色の外壁に目を向けると、ポールに掲げられた北朝鮮の国旗がなびいていた。ベトナムと伝統的な友好国である北朝鮮の大使館だ。その周辺に緊張感が漂いだしたのは、2回目となる米朝首脳会談を翌日に控えた2月26日午後のことだった。

 「金正恩(朝鮮労働党委員長)が北朝鮮大使館を訪れるかもしれない」。そうした情報が入って大使館前に向かったのは同日午後3時(日本時間同5時)ごろ。その日の午前中、金氏はハノイに到着していた。大使館前には100人以上の報道陣が集まり、電柱にのぼってカメラを構えて警察官に制止される人の姿もあった。午後5時近くになって、周辺の交通が遮断された。サイレンを鳴らしたパトカーに続き、黒のワゴン車が大使館前に滑り込んでくる。完全に停車する前に、スーツ姿の屈強な男たちが車内から飛び出し、一斉に配置についた。程なくして大型の乗用車が到着すると、男たちに囲まれながら車を降り、大使館の敷地に入る金氏の姿がカメラの望遠レンズ越しに見えた。

 それから十秒余りした時のことだ。「マンセー(万歳)、マンセー!」。大使館の塀の向こうから、割れんばかりの大歓声が聞こえてきた。近くの木々にとまっていた鳥たちの鳴き声が、一瞬止んでしまうほどの声だった。中の様子をうかがっていると、警護員たちが大使館の外に設置されている階段を駆け上がっていく。その少しあとに、金氏が側近や警護員を携えながら、階段をゆっくりとのぼっていった。後ろ姿ながらも、特徴的な髪形と大きな体はよく目立つ。報道陣からカメラのシャッター音が一斉に響く中、金氏は2階のドアに入っていき、出入口を5人の警護員がふさいだ。

ベトナム・ハノイの北朝鮮大使館。金正恩朝鮮労働党委員長の訪問中、警護担当者が目を光らせた=2月26日

 金氏が再び姿を見せたのは約50分後。建物内から、再び「マンセー!」の声が聞こえてきた直後に、同じ場所から外に出てきた。時折、側近に何か話しかけながらも、時折下を向いて足元を確かめながら階段を下りていく。大勢の男たちに囲まれて車に乗り込むと、パトカーを先導にしてその場を去っていった。

 なぜ、金氏は外の階段を使い、歩いて大使館の中に入っていったのだろうか。1階に入り口がないとも思えないし、中に階段がないとも考えづらい。カメラのレンズでのぞけるということは、狙撃される可能性もあるということでもある。金氏は昨年6月にシンガポールで開かれた1回目の米朝首脳会談の前日、突如として「マリーナ・ベイ・サンズ」などの観光地を訪れ、夜の散歩を楽しんだ。今回も、ベトナム到着後に車の窓を開けて手を振るなど、自らのその姿を報道陣の前に現わしていた。階段を上り下りする金氏は、存在感とトランプ米大統領との会談に向けた意欲を内外に示したかったのかもしれない。(ハノイ共同=佐藤大介)=続く

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