【米朝会談取材の舞台裏】⑥薄皮 金正恩氏宿泊先 メリア・ハノイ

ベトナム・ハノイ中心部に配備された装甲車=2月27日

 2月27日、ベトナム・ハノイ。中心部の高級ホテル「メリア・ハノイ」周辺では、うっすらともやが漂う早朝から、脚立で場所取りし、三脚にカメラを備え付けて待機するカメラマンや記者がいた。2度目の米朝首脳会談の初日。追うのは、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の動静だ。

 26日の現地時間午前11時ごろ、特別仕様のベンツで宿泊先の同ホテルに到着した金氏。米朝会談を控え、その一挙手一投足に注目が集まったが、27日の予定はほとんど公表されていない。報道陣は近くで張り、車列や警備の様子から動向をうかがうしかなかった。

 ホテル周辺は厳戒態勢が取られた。数百メートル離れた路地には数台の装甲車が配備。ホテル正面玄関につながる車道と歩道は柵で封鎖され、自動小銃を持った治安要員が周囲に目を光らせている。

 多い時間帯で100人を軽く超えた報道陣は、柵の外でカメラの放列をつくり、突然の動きに備えた。「工場の視察に向かうかもしれない」「ホーチミン廟に行く可能性がある」。断片情報から金氏の動向を推測するが、ホテルから出てこなければ号砲は鳴らない。

 集結した各国のテレビ局はニュースの時間に合わせ、リポーターが中継を始める。カメラマンたちは関係車両が出入りするたびにストロボを浴びせる。現場の報道陣は一定の緊張感を保ちながらも、長い長い警戒待機でふと襲われる睡魔や弛緩と戦いつつ、長時間立ち続けて足腰の痛みとも格闘することになった。

 金氏は昨年6月、シンガポールで開かれた史上初の米朝首脳会談の前夜、「観光」に出掛けたことがあった。宿泊先ホテルを突然外出し、向かった先は観光名所「マリーナベイ・サンズ」の空中庭園やシンガポール港など。今回はどこに行くのか、どんな表情で誰を引き連れて―。

 動きがあったのは午後6時過ぎ。サイレンを鳴らした白バイ隊がホテル前の車道に整列。しばらくして車列が移動を始めると、金氏が乗ったとみられる特別仕様のベンツが、通行止めになった車道の真ん中を悠然と進んだ。1日目の米朝会談に向かったのだ。

宿泊先ホテルを出発した北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の車列=ベトナム・ハノイ、2月27日

 数十台の車列が視界から消えるまで1分ほどだっただろうか。沿道に集まった大勢の地元の人たちが、北朝鮮と米国、ベトナムの国旗を盛んに振っていた。会談を終えた金氏の車は午後9時前にはホテルの車寄せに滑り込み、車列が1分ほどかけて通り過ぎた。

 その後は想定外の外出はなく、会談1日目は終わった。ホテル周辺で張り続けること約15時間。見たのは車列を2分間。ベールに包まれた北朝鮮の最高指導者は、姿を見ることすら容易ではない。「取材ってのはなあ、薄皮を1枚1枚むいていくような行為なんだよ」。駆け出しの頃に聞かされた先輩記者の言葉が頭をよぎった。(ハノイ共同=岩橋拓郎)=続く

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