戦前、学校で最初に習う文字は「カタカナ」だった

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中華民国(当時)江蘇省鎮江における日本海軍士官による中国人児童への日本語の授業で黒板に書かれる片仮名(1938年1月20日)(片仮名 – Wikipediaより)

現在、カタカナは外来語や外国語、外国の方の名前や外国の地名、専門用語や動物や植物の名前、『擬音語(ぎおんご)』や『擬態語(ぎたいご)』などに使われています。
『擬音語』とは、“ゴロゴロ”や“ザアザア”といった“音”を表すときの言葉。
『擬態語』とは、“キラキラ”とか“ツルツル”といったような、“音ではなく、何かの動きや様子”を表すときの言葉です。

ひらがなに比べると使われる機会が少ないカタカナですが、明治時代から1947年(昭和22年)まで、子供たちが学校で最初に習う文字はカタカナだったそうです。

小学校の教科書でもカタカナが使われていましたが、それは教科書の文字をお手本にして書くとき、カタカナの方がマネしやすいから…という理由からだそうです。カタカナの場合、文字が直線で構成されていますよネ。
それに対して、ひらがなの場合、曲線で構成されています。子供にとって書きやすいのは直線が多いカタカナのはず…という理由から、カタカナが使われていたそうです。

教科書だけでなく、公式の文書にも漢字とカタカナが使われていました。モチロン、ひらがなも使われていましたが、現在のようにカタカナよりも使われるようになったのは、戦後になって教育方針が変わってからだそうです。

■杏樹の感想

私は帰国子女ですが、カタカナが苦手で…(汗)。よく英語をカタカナで表記していますが、カタカナで書かれるよりも英語表記の方が読みやすいです。

何となくカタカナに対して苦手意識があるので、逆にいろいろ知りたくなって、今回のテーマが『ひらがな&カタカナ』になりました。ひらがなとカタカナの誕生の経緯、奥が深いですネ。

スズキ・ハッピーモーニング 鈴木杏樹のいってらっしゃい

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