セクハラ対策を覆う闇、なくならぬ二次被害  禁止規定も定義もできず、海外に遅れる日本

昨年、東京・新宿で開かれた集会で、セクハラや女性蔑視に抗議する人たち

 昨年、元財務事務次官のセクハラが発覚し、長年放置されてきたこの問題が注目を集めた。4月12日で発覚から1年。安倍晋三首相は「セクハラは明白な人権侵害。あってはならない」と明言した。しかし現在も抜本的な改善とはほど遠い状況が続く。被害者は救済されるどころか二次被害に遭うことも多い。「大したことない」と言われ「落ち度はないのか」と責められる。性暴力を告発する動き「#MeToo」が広がり、各国で対策が進む中、海外から大きく遅れる日本が、世界的潮流に追いつくのはいつなのか。

 ▽会社も、警察も、検察も…悪いのは私なのか

 30代の派遣社員小松愛子さん=仮名=は数年前、職場でいきなり同僚の男から抱きつかれ、体を触られた。セクハラというより性犯罪。だが、会社の動きは鈍かった。

 上司に相談すると「俺にどうしろと言うんだ」「隙があったんじゃないか」と開き直られた。会社には労働組合もなく、他に相談窓口もない。結局、刑事告訴し、同僚は警察に強制わいせつ容疑で逮捕された。

 捜査の過程で、二次被害に遭った。「大声を出して逃げることもできたはず」「あなたに絶対落ち度は無かったのか」。事情聴取で警察官や検事からたびたび言われたことが頭から離れない。「悪いのは私なのか」という思いに苛まれた。その後、男の家族から懇願され、示談に応じて告訴を取り下げた。

 二度と自分のような被害者を出してほしくない。小松さんは職場の環境改善を求めて労働局に相談した。アドバイスに従い、事業主と労働者の紛争解決手段である「調停」をすることになった。

 ところが、ここでも二次被害に遭う。

 ▽二次被害の加害者は弁護士

 調停委員を務めた男性弁護士は始終、高圧的だった。書類を見ながら、持っていたペンを何度も机に打ち付け、開口一番「非正規雇用の方ですね」とつぶやいた。見下すような態度に、不信感が募った。

 この弁護士は小松さんに「何された」と質問し、繰り返し説明させた。被害を思い出すたびに苦しむ小松さんへの配慮は全くなかった。

 調停は当事者双方の「譲り合い」が解決の基本。つまり、会社側だけでなく、被害者も譲歩を求められる。

 調停の結果合意した内容は、小松さんには不十分なものだった。願っていた直接の謝罪どころか、全スタッフへの研修など、具体的な再発防止策すら含まれなかった。民事裁判も考えたが、裁判でプライバシーを脅かせられる不安もあり諦めた。小松さんは「調停をしたのは意味がなかったと思っている」と振り返る。会社も辞めざるを得なかった。もっとも、続ける気力もなかったが。

ILOの年次総会で演説するライダー事務局長=2018年5月、ジュネーブ

 ▽規制できない国

 セクハラ撲滅は今や世界的な流れだ。国際労働機関(ILO)が80カ国を対象に実施した調査では、60カ国が職場の暴力やハラスメントに関する規制を実施している。しかし、日本では男女雇用機会均等法が事業主に防止措置を義務づけただけで、セクハラを禁じていない。セクハラとは何を指すのかも、指針で例示しているだけだ。日本は国際的には「規制のない国」に分類されている。

 ILOは今年6月の総会で、ハラスメント規制条約の採択を予定している。検討段階の条約案によると、加盟国に「ハラスメント禁止のための国内法令を採択すること」を求めている。

 日本では昨年以降、厚生労働省の労働政策審議会分科会でセクハラ対策を議論した。しかしセクハラを禁止する規定を盛り込まなかった。現段階でまとまった案では「ハラスメントはおこなってはならない」との理念を盛り込んだだけだ。

 セクハラを禁止すらできない国―。全国からセクハラ相談を受けるパープル・ユニオン佐藤香執行委員長はこの体たらくにため息をつく。

 「多くの被害者が求めているのはセクハラの認定、加害者からの謝罪、二度と繰り返さないという再発防止策。被害者の声が生かされず、残念」。同ユニオンを含め五つの労働組合は、報告書がまとまる前の昨年11月、禁止規定を盛り込むことを求めた要望書を提出していた。

職場のハラスメント対策を巡る法改正などについて議論された労働政策審議会の分科会

 ▽企業の理不尽な対応、被害者に追い打ち

 佐藤執行委員長によると、勤務先に被害を訴えても、理不尽な対応によってさらに苦しめられたとの相談は後を絶たない。

 上司からセクハラを受けたある女性。会社に相談すると、逆に女性が諭旨解雇になった。会社は「恋愛関係」と主張した上司の話を聞き入れ、女性の虚偽申告と結論付けた。女性は上司と会社に損害賠償を求めて提訴。その後、和解を勝ち取って解雇は取り消された。女性は「労働者を守れない会社」に見切りをつけ、退職した。

 佐藤執行委員長によると、こうした企業の対応で精神障害を発症し、雇い止めや解雇になったケースがある。「職を失った被害者は経済的に困窮するリスクを負い、生存権を脅かされた状態。法律にセクハラ禁止規定をきちんと盛り込み、企業に、被害からの回復支援措置も義務づけるべきだ」と説明する。

 ▽守られた、けれど

 「またか」。小松さんは、派遣社員として新たに働き始めた職場でもセクハラ被害に遭った。

 同僚の男は「○万円でやらせて。減るもんじゃないし」と何度も卑わいな言葉を投げかけ、体も触ってきた。男は、ほかの同僚の女性にも言葉の暴力を繰り返していた。以前に受けたセクハラ被害や、その後の二次被害で心を踏みにじられた感覚がよみがえり、苦しかった。

 意を決して派遣先の会社に相談すると、この会社は男を辞めさせ、小松さんら被害を受けたスタッフに謝罪した。さらに、「セクハラと感じたらこちらに連絡を」などと相談先が書かれたポスターが休憩室などに何枚も張り出された。毅然とした対応に「守ってもらえた」と安心感を覚えた。被害のショックからの回復も、以前より早かったと感じている。

 それでも、完全に安心できたわけではない。辞めさせられた男は、加害の自覚がない様子で、自分の言動によって目の前で女性が傷ついていると分かっていないようだったからだ。

 逆恨みによる報復を恐れる気持ちが消えない。以前の職場でも、加害者の男性から報復されるのではないかという考えが何度となく頭をよぎったことを思い出した。「制度が現状のままでは、泣き寝入りする被害者は減らない」。

 せめて法律でセクハラが定義され、禁止されれば、人々の認識も深まり、セクハラが減るかもしれない。被害者の落ち度を、根掘り葉掘り探すような二次被害も減るかもしれない。小松さんは思う。「いつになったら、そんな日が来るのでしょうか」(共同通信=小川美沙)

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