熊本地震から3年 遺族ら故人へ献花 募る思い、あふれる涙 熊本県庁で追悼式

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県庁で行われた熊本地震犠牲者追悼式で献花し、手を合わせる遺族ら=14日午前10時25分ごろ、熊本市中央区(上杉勇太)

 熊本地震から3年になった14日、県庁であった犠牲者追悼式に参列した遺族75人は、大切な人を亡くした喪失感を抱えながら、「あなたを忘れない」と誓い、前を向いた。

「テレビを見ていて『今のおもしろかったね』って話しかけようと隣を見て、ふと気付くんです。あの人はもういないんだって」

 熊本市西区の吉木喜代美さん(76)は、前震から1カ月後の2016年5月14日に夫の博之さん=当時(85)=を震災関連死で亡くした。博之さんは近所の道路をふさいだ災害ごみの片付けに精を出したその夜、突然、背中に激痛を覚え、動脈瘤[りゅう]破裂で帰らぬ人に。喜代美さんは「人への気配りができる人でした。『ありがとう、私は元気よ』って伝えたい」と目を潤ませた。

 合志市の宮崎貴士さん(40)とさくらさん(40)夫妻は、4歳で亡くなった次女花梨[かりん]ちゃんの遺影を手に参列。「悲しみは変わらないけれど、事実を真正面から受け止めて忘れずに伝え続けることが私たちの復興」とさくらさん。花梨ちゃんが好きだった黒い犬の縫いぐるみを抱く貴士さんの手は、小さく震えていた。

 車ごと土砂に巻き込まれた阿蘇市の大和晃[ひかる]さん=同(22)=の家族も参列。母忍さん(51)は「心の整理が少しずつできるようになってきた。それでも晃への思いは募るばかり」と涙を拭った。

 甲佐町の村田祐輔さん(59)は、震災関連死で母の睦子さん=同(83)=を亡くした。避難所生活で体調を崩し、地震から半月後に亡くなった母に「突然のことで何もしてあげられず、すまなかった」とうつむいた。

 南阿蘇村立野の郷テルミさん(83)は本震の16日、近くに住んでいた長女の高田一美[いちみ]さん=同(62)=を自宅の倒壊で失った。「泣いてばかりもいられない。笑う時は笑って歌う時は歌って、前向きに生きないと」

 5月には大津町内の仮設団地から一美さんも暮らした立野に戻るつもりだ。「戻ったら一美が好きだった赤い花を育てたい」と優しくほほ笑んだ。(飛松佐和子、豊田宏美、太路秀紀)

(2019年4月15日付 熊本日日新聞朝刊掲載)