たった一人の慰霊祭 諫干閉め切り22年 福岡の男性「開門して再生を」

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干潟跡で死滅した生物に手を合わせる沖牟田さん=長崎県諫早市白浜町

 国営諫早湾干拓事業の潮受け堤防閉め切りから22年を迎えた14日、閉め切りで死滅した生物を悼む慰霊祭が長崎県諫早市白浜町の干潟跡であった。閉め切り翌年の1998年から毎年、県内外から多くの市民が集まっていたが、今年は福岡県大牟田市の男性が一人で訪れ、開門による干潟再生を願った。

 慰霊祭は、福岡県の環境団体「諫早干潟を憂える大牟田の仲間」(本昭弘代表)が主催。干潟跡にやぐらなどを建て、多い時には100人超が参加。本代表の体調不良で2015年に途絶えたが、ともに活動していた自営業の沖牟田龍雄さん(73)が2016年に再開した。

 昨年まで数人が参加していたが、今年は沖牟田さん一人。周囲の風景も様変わりした。かつて干潟再生運動の拠点だったやぐらは撤去され、眼前の本明川で競技用ボートが行き交う。沖牟田さんは、雑草が生い茂る干潟跡の一角に持参した焼香台や慰霊祭の足跡を伝える写真パネルを設置し、鐘を鳴らして黙とうした。

 沖牟田さんは「慰霊祭に参加し始めた頃、若手だったが、多くが年老い、参加できなくなった」と高齢化による活動の難しさを明かした。「国は開門して有明海の環境が良くなり、事業が間違っていたと認めたくないゆえに開門調査をしないのではないか。有明海が死んでしまえば、人間の未来はどうなるのか心配」と疑問を投げ掛けた。