つまずかない大学生活!「発達障害」新入生の準備講座 阪大支援プログラムの3日間

プレゼンテーションの準備で打ち合わせする学生ら。右から2人目は諏訪絵里子特任講師

 対人関係やスケジュール管理などが苦手な発達障害がある若者が大学生活でつまずかないよう、大阪大が取り組む授業模擬体験などの「大学生活準備プログラム」が全国の学生支援関係者から注目を集めている。2016年に障害者差別解消法が施行。障害者への合理的配慮が求められ、大学も公平で平等な教育環境を提供しなければならない。高等教育における合理的配慮とは一体何か。隔日の3日間のプログラムを取材した。(共同通信=大阪社会部・真下周)

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 プログラムは3月上旬、大阪大豊中キャンパスで行われた。集まったのは今春、大学に進学予定の自閉症がある学生ら。このプログラムを通じて、大学生活への心理的なレディネス(準備性)を高め、実際に起きうる困難への対処法を共に考えることが狙いだ。 

初日 とまどい 

 「低気圧に弱い子も多いから、来てくれるか心配していたけど」。初日の4日はあいにくの雨。プログラムを企画した大阪大キャンパスライフ健康支援センターの諏訪絵里子特任講師は集まった学生らを目にし、ほっとした様子を見せた。

 自己紹介やオリエンテーションを終えるとキャンパスツアーが始まった。「建物の特徴を覚えておくと迷わなくて済むよ」。案内役の学生アシスタントが説明する。回り先は生協や学食など、普段学生がよく足を運ぶ場所に加え、学生センターや保健センターも。「学生センターは証明証の発行や学費の相談も乗ってくれる。落とし物も届くよ」「大学には保健室や病院の役割を持つ場所が必ずあるので、体調が悪くなったら気軽に行って」。自閉症がある人は、人混みや雑音が苦手な人が多い。昼食時にごった返す食堂は「混雑時をずらして利用したらいいよ」とアドバイスした。

 図書館は行き詰まった時に立ち寄れ、息を整えるような居場所になることもある。ここでのマナーを知っておくことは大事だ。「この一角はしゃべっていいスペース。打ち合わせもできる。でも飲食はだめ」「(本は書架から)いったん出したらきちんと元の場所に戻すことが大事だよ」。本の背に貼られたラベルの記号や番号順に並べられている仕組みを説明する。当たり前に思えるが、無知からトラブルに発展するのを防ぐためだ。

 1時間ほどのキャンパスツアーの間、緊張からか会話したり質問したりする学生はほとんどいない。表情は硬く、打ち解けるそぶりもない。

 3日間のプログラムはさまざまな授業の組み合わせで構成される。授業ごとに使う棟や教室をバラバラに設定し、あえて複雑な移動を経験できるようにした。大学ではチャイムも鳴らない。「10―15分は余裕を持って教室に向かったほうがいいよ」。迷路のような構造の中で混乱しないよう、階段手前にある案内板を見ることなどを勧めた。

 学生生活を安全に送るための態度を学ぶ「学生生活と安全」や、ストレスなどから不適応に陥った時の対処法や工夫についてレクチャーする「精神保健」の講義も組み入れた。「3食の食事、7~8時間の睡眠、夜更かししない。これが守れないと黄色信号だから」。規則正しい生活リズムと体調管理が学生生活の継続に重要であると説く。

 発達障害には、コミュニケーションが苦手な広汎性発達障害(PDD)や、落ち着きがない注意欠陥多動性障害(ADHD)、読み書きや計算などに困難がある学習障害(LD)などがある。

 大阪大によると、発達障害の学生は高校まで勉強ができても、知らない学生とのやりとりが一気に増え、横で常に促してくれる先生もいない大学になるとつまずき、精神疾患を発症するケースも。卒業率や就職率は、他の障害を有する学生と比べても低い。

 初日午後は、英語のニュースなどをネーティブの速度で聞き、内容理解について英語で質問に答える授業。誰もが「ついていけない」と気後れするような高度な内容だが、あえて経験したことのない〝過酷な〟環境に直面させる試みだ。まるで水替えをしたばかりの金魚鉢の中のように、学生らはとまどいを見せていたが、いずれは訪れる試練。諏訪氏は「大学で始まる目新しい授業にひるんでしまい、出席できなくなる学生がとても多い。でも要はうまくやればいい。要領の良さや臨機応変さの素地をつくってもらいたい」と話す。

 授業後、ある男子学生が質問に来た。「予備知識があれば(授業は)分かりやすいですか」とたどたどしく尋ねる。立ち話でアドバイスを始めた諏訪氏だが、学生は「頭がパンクしそう。メモしていいですか」と情報過多な状況に頭を抱えた。すると椅子に腰掛けるよう促し、丁寧に諭した。「下調べをすれば(英語の授業でも)内容を理解しやすくなるよね」

 「シラバス(授業計画)で向いてそうなもの、これならやれそうって考えて授業を選択することも大切だよ」。高校と異なり、大学では多くの授業から選択して自らの時間割をつくる。授業によってはリアクションペーパーの提出を求められたり、グループで討論したりと形態もまちまち。なるべく自分に合いそうな授業を選ぶことが大切になる。

「質問するって難しいですね」

「大学の先生はつかまえるのも大変だからね」

「難易度上がりますね」。学生は、高校から一変する環境におののきつつ、一つずつ聞いて確認することで自分なりに不安を埋めようとしていた。

大学内の図書館で学生アシスタントの説明を聞く学生ら

2日目 慣れてきて 

 中日。男子学生1人が欠席した。初日のオリエンテーションに1時間も遅れて来た学生だ。間違えて吹田キャンパスに向かってしまったという。さまよい歩いた疲労感と遅れてしまったことへの戸惑いを、翌日に引きずってしまっていた。

 この学生は最終日に再び顔を出した。3日連続で行う演習形式のプレゼンテーションの授業には戻れず、部分参加にとどまったが、学生なりに頑張りを見せた。帰る彼をねぎらい、見送ったスタッフは「プログラム全てに参加できなくても、次にどんな準備があれば出て来られそうか、今後のヒントにしてもらいたい」とエールを送った。

 最大の目玉であるプレゼンは3人ずつがグループに。発表資料作成ソフトの「パワーポイント」の使い方を学ぶ授業ではすらすらと課題をこなす学生が多かった。「教えた以上のことができている」「スキルが高いね」と驚きの声も上がった。

 「10分押しで進んでいるから、5分間でまとめて。遅れないように」「逆算して何時までに完成させる必要がある?」

 時間を意識させるように繰り返し注意喚起する。「5分とか10分とか、何のことだったか聞き逃したんですが…」。めまぐるしい展開について行けず、たまらず確認していた学生もいた。

 授業がない日も、スタッフから来るメール連絡に返信する機敏な対応が求められる。グループメンバーとは連絡先を交換し、進展具合や作業の分担についてやりとりすることも必要だ。初日に比べると、学生らは少し慣れてきた様子で、学生同士やティーチング・アシスタント(TA)と雑談する様子も見られた。

 学生アシスタントを務めた人間科学部3年の大前陽さん(20)は自身も集団が苦手なタイプという。「参加者は思ったほど難しい人たちではないと感じた。自分からSOSを出すのは苦手っぽいけど、(話を)振ってあげると答えが出てくる。ただ、テスト前とか切羽詰まった状況になると心配かな」と話した。

 発達障害の学生を対象にした入学前の支援プログラムは、富山大が「チャレンジカレッジ」を開催するなどして力を入れているが、全国的にはまだ緒に付いたばかりだ。

 この日見学していた関西大学生相談・支援センターの神藤典子グループ長は「ここまで手厚いプログラムは画期的」と評価する。関西大の全学生約3万人のうち発達障害があることを大学が把握している割合は1%ほど。潜在的にはもっと多いとみている。神藤さんは「困りごとを自分で伝えられる力を付け、大学側もできることはやる。建設的な対話の繰り返しで支援を充実させたい」と話した。

 昨年からプログラムを始めた大阪大。学生にスケジュール管理を任せていたため、最終日のプレゼンが間に合わないなどのアクシデントが起きた反省から、今年は細かく予定を知らせる方針にした。初日の終わりに個人面談の時間を入れ、今後の流れを確認、課題をスタッフと話し合った。2日目には保護者を対象にした準備講座も開いた。 

3日目 うまくやる 

 いよいよ最終日。クライマックスのプレゼン発表だ。初日に受けた「映画と経済効果」のレクチャーの内容をベースに、2日目はハリウッド映画を日本に誘致するとの設定で、それぞれのグループで誘致候補地を決め、監督やプロデューサーに売り込むための材料をインターネット上から集め、パワーポイントに落とし込む作業をした。

 プレゼンでは、論理性や分かりやすさのほか、時間の使い方などのパフォーマンス、ビジュアルの効果や独創性も評価基準になっており、チームワークも一つの要素だ。

学生らに配られた「大学生活準備プログラムハンドブック」と時間割の詳細

 仏教系大学に進む京都市上京区の男子学生Aさん(18)のグループは「大阪」を選択し、食の大阪を前面にアピールする作戦。Aさんは随所で発言するなど、3日間で最も積極性が目立った。だが「自分は意気がってしまい、人間関係を壊すタイプ。周囲から嫌われていると思う」との自己評価。周囲の意見を聞きながら協調して進めるのが苦手で、高校では文化祭や体育祭で悪目立ちし、浮いてしまったという。

 3日間のグループワークでは「ちょっとごめんよ」「こうしたらどうかな?」と言葉掛けし、他のメンバーに配慮しながら丁寧に作業を進める姿が。本番でも、質疑の場面で審査員が他の学生に聞いた話に思わず割って入ってしまい「ごめん、言っちゃった」と肩をすくめるシーンがあったが、その後は自制しながら軌道修正できていた。

 工芸系大学に進む大阪市福島区の女子学生Bさん(18)は、人前で話すことが苦手で、完璧さを求めすぎるのも弱点という。プリント課題は最後まできっちり空欄を埋めないと気が済まない。

 Bさんのグループは「東京」。2日目はメンバーが途中で減る不測の事態に動揺していたが、TAの力も借りながら、発表までこぎつけた。首都東京の強みを強調したが、予想外だったのは「来年オリンピックなのに、映画なんて撮っている場合?」と、別のグループの学生から飛んできた〝意地悪〟な質問。それでも「(撮影に協力してくれる)ボランティアの人数も増えるから」といなし、「大阪」のグループが売りにした「551(蓬莱)」の豚まんが東京でも食べられるのか、との質問には「全国、世界から人やモノが集まる。何なら期間限定で(出張店舗を)呼ぶこともできますよ」と切り返し、笑いをさそっていた。

 「自分が言いたいことの2割は言えたかな」と少し満足げに振り返ったBさん。この3日間で、時間の割り切りの大切さを学んだという。

 3グループのプレゼンは総じて好評。諏訪氏は「プレイフルネス(遊び心)が大事って言ってきたけど、ユニークで楽しい話し方ができており、皆さんの力に驚いた」。審査員役だった教官らも「グループ発表は苦手かもしれないが、自分だけの発表になっていなかった。筋立てや結論もよかった」「人前で話すのは楽しいことばかりでないけど悪くない。この経験を胸に次もトライしてもらえたら」と評価した。 

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 大阪大キャンパスライフ健康支援センターの望月直人准教授によると、昨年のプログラムは3月下旬に開催し、10人が参加。うち3人は大阪大に入学した。プログラムをきっかけに学生生活をうまくスタートさせてくれたと感じている。入学当初からつながりを持ち、その後のフォローにつなげられたことが大きいという。今年は合格発表前の実施となり、9人は全員が他大学に進学した。

 大学における合理的配慮とは何か。参加者に配られたハンドブックには、高校までの特別支援教育と大きく異なり、大学では学生本人に「配慮を受けたい」との意思表明が必要と明記する。

 こうした考え方は、セルフアドボカシー(障害当事者自らの権利擁護)と呼ばれる。大阪大流に言えば、学生が自分の得意・不得意を把握し、大学に求める支援を提案する力ということになる。

 「皆さん自身が責任の主体となり、大学に積極的にかかわって支援をコーディネートすることが求められる」。提供される配慮の内容が合理的かどうかは障害の状況のほか、大学生としての資質が担保されているか、配慮を提供する側の負担の大きさも検討した上で判断されるとしている。

 諏訪氏は「発達障害の学生の入学は増えている。国立大は支援を率先して求められる一方、学びのレベル(アカデミックスタンダード)を守る必要もある。バランスが難しいが、円滑な大学生活が送れるように支えていきたい」と話している。

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