大湊線大湊駅【終端駅 35】

大湊線は青森県下北半島の陸奥湾側、野辺地駅から大湊駅までの58.4kmを結ぶJR東日本の路線。野辺地駅は元々は東北本線の駅でしたが、東北新幹線開業によって東北本線の青森〜盛岡間が並行在来線になって第三セクター化され、青森〜目時(121.9km)を青い森鉄道、目時〜盛岡間(82.0km)をIGRいわて銀河鉄道が運行しています。

つまり大湊線はJR東日本では唯一、他のJR東日本の路線に接続していない飛び地路線です。青春18きっぷでは、青森駅〜八戸駅間と野辺地駅下車の場合はそのまま18きっぷで乗ることができます。

筆者は二度大湊駅に行っています。最初が2009年(平成21年)9月。東北新幹線の新青森〜八戸開業を翌年末に控えたタイミングでした。奥羽本線の新青森駅はまだ工事中。開業時には島式ホーム1面2線になります。この時は、まだ駅は開業していませんから、停車しません。

※2009年9月撮影

2009年は大湊線下北駅から恐山に行くのが主目的でした。恐山に行った後、下北駅に大湊行が来たので大湊駅まで行って野辺地に戻ったという次第。

駅舎がリニューアルされる前の大湊駅です。夕方の混んでいる時間帯。というか、この頃に比べると大湊線の利用者は10年で半減しています。気がかりですね。

※2009年9月撮影

今回は2019年4月2日に大湊で一泊した時の写真です。

終端駅のお約束カット、車両なめの終端部。ホームは頭端式で終端部のむこうが通路になっています。右は前夜泊まったJR東日本系列のホテル、フォルクローロ大湊。

4月ですが前夜は雪。頭端式の通路から野辺地行列車を撮っています。

駅名標。大湊線は元々が軍事路線として1921年(大正10年)に開業しています。旧部本海軍にとって下北半島は重要な軍事拠点のひとつだったのです。

大湊線には、1974年(昭和49年)まで蒸気機関車が運行していました。青森県でも最後のSLの定期運行路線でした。ほとんど起伏がない路線で60km程度と適度な距離です。

雪の翌朝、大湊駅舎正面。東京では桜が満開を過ぎていました。

駅のすぐ横、フォルクローロ大湊の前に大湊駅構内の場内信号機として使われた腕木式信号機が飾られていました。

かつては下北駅から大畑駅までJR大畑線が分岐していて、大間の海軍基地まで延長工事も行われていました。戦時下で中止となり、大畑駅から先は未成線になりました。大畑線は1985年(昭和60年)に下北交通に転換、2001年(平成13年)に廃止されました。乗っていないので残念です。

(写真・記事/住田至朗)

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