出会った瞬間に、山旅を想像しました!
昨年の秋、筆者が暮らす街のショッピングモールの広いガーデンで、工芸・クラフト展覧会が開催されました。陶器や木工品、手づくりの服などを見て回るなかで出会ったのが、今回紹介するシェラカップのような木のボウルです。ひとつひとつ、ひとかたまりの木材を丁寧に削り出して製作。木目を生かした無色透明の安全な塗料や漆仕上げ、そして黒漆のマット仕上げのものなどがありました。
「こういうボウルを持って山へ行くとしたら、どんな道具立て、どんな格好で、どんな山に行くだろうか?」
展示スペースのテントの屋根から吊り下げられた、味わいの異なる美しいボウルを見上げ、そしてテーブルに飾られたボウルを手に取り、普段使っている無機質な金属製のカップにはない温かさを感じながら、美しい山の時間を夢想しました。
立山連峰の麓で生まれた器
そのボウルは、富山の工房でつくられている『foot of the MOUNTAIN(フット・オブ・ザ・マウンテン)』。1986年愛知県生まれの、まだ若い職人さんである中西健太さんが手づくりしています。2015年から製作をはじめ、2016年に立山連峰の麓=フットオブザマウンテンの街・富山に移住したそうです。
登山と料理が好きだった中西さんは、
「ザックに掛けられる器を作りたいと思ったのが、製作活動のきっかけでした」
といいます。
ひとつとして同じものがない木目の魅力
しかしザックに掛けられる器、それを木でつくろうと思ったのはなぜなのでしょう?
「普段から無垢材の家具や食器を好んで使用していて、木の美しさに魅力を感じていたんです。木の魅力は色々ありますが、私は最後の仕上げ、塗装を終えて浮き出てくる美しい木目が好きなんです」
木が育ってきた環境、年月を物語る木目。私達は、木目を見た時に、それが道具に加工された後でも『いのち』をどこかで感じています。
「その表情は同じ種類の木であっても個体により様々で、飽きることがありません。狙い通りには行かないこともありますが、それも含めて木が持つ奥深い魅力だと感じています」
同じものがひとつとしてない。同じカタチをしていても、どこか違う。それは木の道具の豊かさなのかもしれません。特に『フット・オブ・ザ・マウンテン』の食器たちのように、かたまりの木=無垢材から削り出したものは、その豊かさが一層際立って感じられ、それを使う私達に満ち足りた気分を提供してくれます。
「かたまりの木から削り出すために木工旋盤(ろくろのようなもの)の技術を用いつつも、実は手彫りの工程も多く、手間を掛けて製作しています。取っ手部分も接着や組木はせず、削り出して、それぞれの木が持つ個性を引き出せるように心掛けています。材料としている木は、ケヤキ、山桜、ウォルナット、栗、メープル、楓など、様々です」
美しさだけではないんです!
世の中にはデザインはよいけれど、使ってみると「?」という道具も案外多くあります。しかしこのボウルはハンドルがよく手に馴染み、飲み口も当たりがやわらかく、使うほどに優しさを感じます。
「私の作るものは、フォルムや質感など、まずは意匠面の美しさに重きを置いて製作しています。同時に、実際に手に取ったり使ったりする中で、実用面でのポイントをしっかり押さえることで、気持ち良く使用できることも心掛けています。例えば、飲み口の形状はシャープな印象を保ちつつも、口当たりに不快感がないよう、厚みや角の僅かな丸みなどにこだわり、美しさと機能性の両立、バランスを大事にしているんです」
冒頭に書いた通り、『フット・オブ・ザ・マウンテン』のボウルを見て、筆者は美しい山時間を夢想したのですが、中西さん自身は、どんなことが創作活動の源泉となるのでしょう?
「澄んだ水を汲んだり、美しい場所で食事する時などに、創造力を掻き立てられます。この光景に溶け込むような道具はどんなものだろう、と考えたりすることもありますね」
ちなみに今回紹介しているボウルはSサイズで7,400円~。他にM、Lサイズもあり、サイズ違いを重ねてスタッキングすることもできるそう。その重ねた際に美しく見えることも、こだわりのひとつだといいます。またボウルと名付けたのは、「飲み物だけでなく様々な食事にも自由に使って欲しい」という想いからだそうです。
そして中西さんの製作活動の原点である「ザックに掛けられる器」は、吊することで美しさが際立ちます。この美しいボウルに似合う山旅は、ゆっくりと山道の変化を味わい、すぐ傍らにある木々や草花の華やかさ、静けさ、香りに安らぎ、小鳥たちの囀りに心を躍らせ、射し込む陽光を浴びて深く深く呼吸をし、そして清らかな水をこのボウルで掬い、全身に染み渡らせる、自分自身が山の一部になるようなものだと思います。
それでは皆さん、よい山旅を!