「サッカーコラム」1試合で2試合分楽しめた好試合 敗れたJ1鹿島に感じた「伝統のすごみ」

FC東京―鹿島 前半、ゴールを決め駆けだすFC東京・ディエゴオリベイラ。右は永井=味スタ

 実際に観戦したのは1試合。だが、二つの素晴らしい試合を見ることができた―。

 4月14日に行われたJ1第7節のFC東京対鹿島を表現するなら、こういう試合だった。季候も良くなったこの日、FC東京のホーム・味の素スタジアムに足を運んだ人は、得をした気分になって帰路についたのではないだろうか。

 今シーズンは、試合日程と開催場所の兼ね合いもあってFC東京の試合を見る機会が多い。その中で鹿島戦の前半は、FC東京にとって、間違いなく今季ベストゲームといえる内容だった。

 当然のことだが、試合というのはそれぞれに違うスタイルを持った二つのチームが入り乱れる。それゆえ、一方のチームが自分流のスタイルを貫くだけで毎回、同じ結果を得られるということにはならない。対戦チームとの相性や試合展開で、時に理想的な「はまり方」をする場合がある。前半のFC東京はまさにそれだった。

 試合後にFC東京の長谷川健太監督が「鹿島もACLの疲れがあったと思う」と中3日の戦いを気遣っていた。確かにこの時期のアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)に出場組、特にアウェーに遠征してきたチームはおしなべてコンディションの調整に苦労する。特に鹿島はフィジカルの強さを前面に押し出してくる慶南(韓国)との激戦を終えたばかり。2点を先制されながらアディショナルタイムの2ゴールを含む3得点で、劇画的逆転勝利を飾った。その喜びの大きさに反比例するように、肉体的、精神的な疲労もたまったのではないだろうか。しかし、それを差し引いてもFC東京は素晴らしかった。

 開始5分の先制点が大きかった。右のクロスからの攻め直し。東慶悟のヘディングが左に流れたところをつなぎ、小川諒也がダイレクトで入れた再度のクロスをCB2人の間に侵入した永井謙佑がヘディングで決めた。

 本人の記憶が正しければ、永井のヘディングシュートは「東京に来て初めてかな?」だそうだ。そして、自身にとってJ1通算50点目。この先制点が、理想的な試合運びの引き金になった。

 開幕から5勝2分けの無敗で2位につけるFC東京。ただ、順位に見合う多彩な攻撃のパターンがあるかといったら疑問符がつく。それでも条件がそろえば、相手守備陣に脅威を与え続けることができる。それが「前に出てくる」チームを相手にしたとき。縦に対しての抜群の推進力を持つ2スピアヘッド(やりの穂先)がいるからだ。爆走王の永井とディエゴオリベイラのコンビだ。特に永井はDFラインとGKの間に広いスペースが空けば、決めるかどうかは別にして確実にGKとの1対1まで持ち込める。

 リーグ屈指の逆襲力。二つの追加点は自陣ゴール前の守備から一転、鹿島の大岩剛監督も頭を抱える、あっという間のカウンターアタックからのゴールだった。

 前半16分、久保建英が自陣から繰り出したロビングのパスが起点だった。これを永井がうまいトラップからのドリブルに入り、絶妙のタイミングでスルーパスを放った。受けたディエゴオリベイラは巧みな切り返しからDFをかわし、右足で2点目となる追加点を挙げる。そして、前半29分の3点目もその始まりは久保だ。自陣から「ほぼクリア。とりあえず蹴っておこう」というボールを、鹿島DF犬飼智也が痛恨のコントロールミス。これを見逃さなかったディエゴオリベイラが独走して、冷静に3点目をゴールに流し込んだ。

 サッカーにおいて3点差は、逆転不能といってもいい。リードする側がこれを引っ繰り返されたら、プロの名を語るのも恥ずかしいだろう。ところが鹿島は、その不可能と思われることをやりそうな雰囲気を十分に感じさせた。

 貴賓席でジーコがこの試合を見ていたが、“大目付”の前でぶざまな敗戦は許されない。これが伝統の「ジーコイズム」なのだろう。鹿島の選手たちは後半に入る前に、円陣を組んで試合に臨んだ。

 後半10分、レオシルバのゴールで1点を返すと、一方的に押されていた前半の展開がうそのように鹿島が試合の主導権を握る。スタジアムを包む空気までもが、殺気立った鹿島の迫力にけおされているように感じた。そのような中、三竿健斗、伊藤翔が次々と惜しいシュートを放つ。次の1点によっては、試合がどう転がるか予断を許さない状況になった。

 結果、FC東京は2点のリードを守り切って逃げ切った。しかし、前半こそ完勝だったが、試合を通じては3―1のスコアが示すほど差のある内容ではなかった。鹿島に一方的に押し込まれた後半。シュートがゼロだったことがそれを示していた。

 鹿島の目の色を変えたときの底力。後半の戦いぶりについて聞かれた長谷川監督が次のように語った。

 「2点目を取られたら、同点もしくは逆転まで持っていかれるような、そんなすごみというのを鹿島から感じた」

 怖いぐらいの雰囲気は、スタジアムにいたすべての人が共有した感覚ではないだろうか。だからこそ、後半の圧力をしのぎ切って得た勝利はFC東京にとってより価値があるものになった。一方、敗戦とはいえ、最後まで可能性を感じさせた戦いを繰り広げた鹿島は、そう悲観することはない。2点差の敗戦でも「グッドルーザー」だった。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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