金栗四三の偉業、克明に記す 長谷川孝道さん死去

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大河ドラマ「いだてん」の撮影の合間に懇談した中村勘九郎さん(左)と長谷川孝道さん=2018年5月、玉名市

 「日本マラソンの父」と称される金栗四三の生涯を克明に記し、熊本陸上競技協会長も務めた長谷川孝道さんが17日、87歳で他界した。ゆかりのある人々は急逝を悼みつつ、実直な人柄が残した業績をたたえた。

 著書「走れ二十五万キロ マラソンの父 金栗四三伝」は、生前の金栗を直接取材した唯一の伝記で、NHK大河ドラマ「いだてん」の重要資料となった。ドラマのオープニングには資料提供者の1番目に長谷川さんが登場する。

 「熊本地震が起きる前に『二十五万キロ』を読み、金栗さんの人生の面白さを知った。あの本に出合っていなかったら『いだてん』は生まれなかった」と感謝するのはNHK制作統括の訓覇(くるべ)圭さん(51)。「取材などで長谷川さんを訪ねると、いつもうれしそうに金栗さんの話をされた。ドラマを最後まで見ていただきたかった」と別れを惜しんだ。

 長谷川さんは昨年5月、金栗の地元の玉名市で行われた野外ロケを見学。金栗を演じる中村勘九郎さんらを車いすで見守り、合間に談笑した。19日に熊本市で営まれた告別式には勘九郎さんから供花が届いた。

 長谷川さんは早大競走部時代に走り幅跳びなどで活躍。競走部の後輩で日本マラソンの第一人者として活躍した瀬古利彦さん(62)=横浜DeNAランニングクラブ総監督=は現役引退後、解説などで九州のレースを訪れるたびに「お会いしていた」。

 金栗の新聞連載のコピーを「読んでほしい」と渡された20年ほど前を懐かしみ、「それまでは恥ずかしながら金栗さんを知らなかった。偉業を緻密な取材で後世に伝えた功績は計り知れない」とたたえた。

 熊日の記者として歩み出して間もない1957年、熊日30キロロードレースの創設に奔走した。97年から10年間は熊本陸協会長を担い、98年に熊本で初めて日本選手権を開催。2011年の日本学生対校選手権(日本インカレ)誘致にも力を注いだ。奥山幸男副会長(71)は「発想豊かで思慮深く、熊本の陸上の発展を多角的な視点で考えておられた」と故人をしのんだ。(蔵原博康、中村美弥子)

(2019年4月20日付 熊本日日新聞朝刊掲載)