テレビ岩手開局50周年記念映画「山懐に抱かれて」公開直前! 24年にわたって取材した遠藤隆監督に聞く【後編】

テレビ岩手開局50周年記念映画「山懐に抱かれて」公開直前! 24年にわたって取材した遠藤隆監督に聞く【後編】

日本テレビ系NNNドキュメントで放送された「ガンコ親父と7人の子どもたち」シリーズが映画に。テレビ岩手制作のドキュメンタリー映画「山懐に抱かれて」が、同局の開局50周年記念事業としてゴールデンウイークが始まる4月27日から東京・ポレポレ東中野から順次全国公開されます。岩手県田野畑村で1年中、牛を山に放つ山地酪農(やまちらくのう)を営む吉塚公雄さん一家の24年間に密着。父と母、5男2女の7人の子どもたちの成長を描いたテレビ岩手の遠藤隆監督。東京から移住し岩手で仕事をすることにこだわりました。その遠藤監督の姿にどこか吉塚さんの生き方に重なるものが。【前編】に引き続き、インタビュー後編では、二人の共通点も垣間見えてきます。

──子どもたちの思春期や反抗期に取材がしにくいなどのご苦労もあったのではないですか?

「本当はあります。あるんですけど、吉塚さんが入り口のところで一緒に田野畑山地酪農牛乳を作ったという思いから子どもたちを押さえた、そういうところを見せないようにやってくれたと思います。きっと嫌だったと思いますよ。後で聞いたら、いろんなことがあったようです。今、出来上がった中で一番落ち込んじゃっているのは末っ子(五男)の壮太くんですね。ドラマチックな話が出てこないんですよ。みんな2歳から3歳違いなんですが、壮太君だけ6歳離れていて、薪(まき)をかつぐこともないし、いつも大事に育てられてきた。テレビ版(2018年11月に放送)を見て、『僕だけ映っていないよ』って、悲しいみたいです」

──資料によれば、その壮太くんは19年春から実習予定とあります。

「壮太くんだけ、なぜかコックさんになるんですね。フレンチレストラン『ロレオール』の伊藤勝康さんという全国的に有名なシェフの方が田野畑にいるんですが、そこで修業すると言って彼だけ牛(酪農)をやらないんです。四男までは『冗談じゃねえ!』ってやらせていたのに、一番下の子には『まぁ、いいか』って甘いんですよ(笑)。あと、グラスフェッドと言って、草だけで育った牛は非常に貴重だそうで。壮太君が5年10年って修業して、いずれ山地の肉を使ったり、もちろん乳製品も使ってフランス料理を作るかもしれないね。それは親戚のおじさんの夢ですね」

──その壮太くんの取材をぜひこれからも続けてほしいですね。こちらからのお願いです(笑)。

「先のことを考える方ではないんですが、壮太くんのことがあるし、それと吉塚さんがもう年ですし最後に山の開拓に帰りたいという夢を持っているので、そういうのを撮りたいですね」

──吉塚さんがテレビで長年放送され、地元の名士となっていく中で変わってきたことなどありますか?

「体形が変わりました(笑)。この間も、開拓の話を何かに書いていましたけど、山地酪農に対する思いは全く変わらないですね。誰がなんと言おうと自分が偉くなったとは全く思っていません。子どもが大きくなってみんな自我が出てきて、牛の飼い方も微妙に変わっていますし、むしろそういうところが許容できるようになってきた。昔のガンコ一辺倒『俺の言うこと聞いてりゃいいんだ』から、人の話を聞けるようになった部分は変わっているかもしれません。でも、山地酪農はこうやっていくんだ、(山地酪農の創始者)猶原(恭爾)先生の意志を受け継ぐんだ、というのは全く変わっていないですね」

──遠藤さんも東京出身で大学から岩手、吉塚さんも千葉県から岩手に行かれているところがお二人共通しています。何か相通じるものがあったのですか?

「僕らあっちへ行った頃は言葉が分からなくて…。吉塚さんも奥さんも千葉の方だから、話が早いというのはありますね。親が標準語なので、子どもたちもほとんど標準語ですから」

──取材をするには良かったのかもしれませんね。

「余談ですが、岩手大学に入って縁もゆかりもない所に行ってしまったんですけど、結構好きになっちゃって。何を言っているか分からない、じいちゃんばあちゃんの話を聞いているのが楽しくてね。それで向こうで骨を埋めたくて、テレビ岩手が受かって居ついたんです。岩手県人になりたいという気持ちがありました。それは吉塚さんも同じで、山地酪農をやるために岩手に行って、ここの人たちとうまくやっていかないと農業が成り立たない。岩手県人になろうと努力された。そういう気持ち的には相通じるところがあったかもしれないですね」

──1996年の「イーハトーブに抱かれて」は遠藤さんご自身のことも重ねていたのですね。

「それはありますね。これも余談ですが、宮沢賢治が『永訣の朝』という詩を、妹のトシが亡くなる時に詠んでいる。『あめゆじゅ とてちて けんじゃ』と標準語では書いてあるんですけれど、何が書いてあるか分からない方言で。それを花巻出身の僕の友達が『あめゆじゅとてちてけんじゃ』と言うのを聞いたら、すっと入ってきて…。死ぬ時に雨雪、3月の雪が雨になる、みぞれになっている。それを取ってきて口に入れてくれって言っている。彼が言うと、ああそうかって分かるわけですよ。吉塚さんは確かにコミュニケーションが取りやすいという意味ではいいんですが、方言って、『イーハトーブ』で宮沢賢治が言った、そういう美しさがありますね。(構成・編集を担当した)佐藤(幸一)さんは、上屋敷カメラマンや田中カメラマンが撮った、それこそ『イーハトーブに抱かれて』の映像にほれ込んで、映画にしたいって言ってくれた。特に佐藤さんが選んだファーストシーンなんかは絶対僕なんかでは思い浮かびません。自分で何回も見ているのに、あれをあそこに持ってくるのは佐藤さんの美的センスです。岩手県に対する思い入れだと思いますね」

──では、今回のタイトル「山懐に抱かれて」にこめた意味も教えていただけますか。

「『ガンコ親父と7人の子どもたち』への思い入れはあったのですが、それでは(テーマとして)ちょっと狭くなってしまうかな、さて困ったなと。50から60ぐらい書き出しました。前の『イーハトーブに抱かれて』というのも候補の一つにしていたんですけど、イーハトーブだと岩手県の話になってしまう。岩手県田野畑村である必要はないんですよ。雪が降っているから北国ではあるのだろうけど、厳しい自然と美しい自然と山に抱かれた中で、山地酪農があって育っていく家族なんだろうな…。そこで、『山懐(やまふところ)』という言葉が浮かびました。初めはみんなピンとこなかったんですが、言っているうちにだんだん愛着が湧いてきました」

──ご自身も二人のお嬢さんがいるそうですが、吉塚家から影響されたことはありますか?

「全くないですね(笑)。というもの、すごく悩んだのは、お父さん間違っているんじゃないかってインタビューを聞いていて思うことがあるわけですよ、理不尽だって。でも、どうなんだろうなって思いながらも使うわけです。僕、寅さん(映画『男はつらいよ』)が好きなので49本全部見ているんですが、寅さんが言っていることも間違っているよな、でもみんな寅さん好きだよな、だからそのスタンスだったらいいんじゃないかって思ったんです。ほとんど評判はいいんですけど、視聴者からも時々お父さんのことを『おかしくないか』とクレームが来るわけです。僕もそう思う部分もあるわけです。で、最後の最後ぐらい、90分の番組を作る少し前に、寅さんと同じスタンスで見れば、気持ちが楽になる、作れるかなって思いました。だから、うちのお嬢さんたちの育て方にはまったく影響してないんです(笑)」

──そうでしたか(笑)。では最後に遠藤監督から、ぜひPRをお願いします。

「24年間取材したのは一番大きなポイントだと思います。子どもたちの成長は分かりやすいけど、お父さんも成長しているんですね、お母さんももちろんそうだし、家族全体の成長の記録というのはそれほど多くないと思う。それがドキュメンタリーとして撮れた。それを103分という形でまとめられたのは幸せですね。僕は大学を卒業する時に発達心理学を勉強していたんですが、大人が成長していく、子どもが成長していくという記録とその心持ちの変化が分かるのはすごく有難いです。そして、あの家族とあの茶の間にいて、一緒にけんかをしているような気持ちになって見ていただけたらうれしいなと思います」

遠藤監督は「何せ衝撃的な家族ですから」とにこやかかに吉塚家の驚きのエピソードの数々に披歴(ひれき)。それはまるで平成時代の話とは思えないような大家族の風景ですが、一方で吉塚さんを「フェアな人です」と心からリスペクト。こうした2人の信頼関係があったからこそ生まれた物語であることは間違いありません。新しい時代の始まりだからこそ、その意味がより深く心に染みてくる長編ドキュメンタリーです。

【プロフィール】


遠藤隆(えんどう たかし)
1956年生まれ。東京都出身。大学進学に伴い岩手県へ。1981年、テレビ岩手入社し、報道部配属。NNNドキュメント’87「両手に力を下さい」でドキュメントデビュー後、多数のドキュメンタリー番組を手がけ、数々の賞を受賞。2007年報道部長、11年3月には東日本大震災の取材・放送の指揮を執る。現在、編成局エグゼクティブプロデューサー兼コンテンツ戦略室長。公開初日からトークイベントでポレポレ東中野に来場(4月30日まで)。

【作品情報】


映画「山懐に抱かれて」(やまふところにだかれて)
4月27日から東京・ポレポレ東中野にてロードショー。ほか全国順次公開
2019年製作/テレビ岩手 ナレーション/室井滋 監督・プロデュース/遠藤隆
<公式サイト>http://www.tvi.jp/yamafutokoro/

取材・文/飯野芳一

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