【世界から】ドイツ 「四旬節」に節制するものとは

ハンブルク市の中心街にある、大手民間病院アスクレピオスが運営するデイケア・クリニックのエントランス。ハンブルク市文化・メディア庁などのオフィスが入っている建物の最上階にある=岩本順子撮影

 ドイツの人々はつい先日まで「四旬節」と呼ばれる特別な期間を過ごしていた。「四旬節」とは、キリストの復活を祝う「復活祭」の46日前にあたる「灰の水曜日」と呼ばれる日から、復活祭前日の「聖土曜日」までの期間である。ちなみに、読みは「しじゅんせつ」だ。

 復活祭は「春分の日から数えて、最初の満月の次に来る日曜日」で、3月22日から4月25日までのいずれかの日曜日がそれにあたる。今年は4月21日で、「灰の水曜日」は3月6日、「聖土曜日」は20日だった。

 キリスト教徒はかつて、この期間に食事を節制していた。ドイツでは今も、この断食期間に何らかの節制をする人が多い。調査機関の調べでは、ドイツ人の約10%が、四旬節に肉や砂糖、あるいはテレビや携帯電話など、少なくとも何か一つを断っているという。その筆頭がアルコールだ。筆者の友人にも、この時期に禁酒する人がいる。

 世界保健機関(WHO)が毎年まとめている「世界保健統計」の中に、「15歳以上1人当たりの年間純粋アルコール消費量」という項目がある。それによると、ヨーロッパ地域の消費量が多く、ドイツ人は年間11・3リットル。日本人は平均並みの6・9リットルだった。ドイツでは16歳からビールとワインを(親が同伴する席では14歳から)、18歳からウオッカやブランデーなどの蒸留酒を飲むことが許されている。日常生活でも、社交の場でもアルコールを摂取する機会は多い。

 しかし、食事と同じ様にアルコールにも適量がある。女性ならビール1杯(およそ250ミリリットル)かワイン1杯(同100ミリリットル)、男性はその倍量が1日分だ。加えて、週に2日以上禁酒日を設け、年に一度、数週間にわたって禁酒を実践することが理想とされている。伝統的なキリスト教の風習は、アルコール摂取量をコントロールする絶好の機会を提供しているわけだ。

▼依存症は治癒困難

 アルコールを習慣的に飲む人は、依存症になるリスクが高くなるという報告がある。ドイツの国内統計によると、人口約8300万人のうち、950万人が、リスクが高まるとされる量を超えるアルコールを消費しているという。アルコール依存症患者は約170万人に達しているものの、治療を受けているのはそのうちのおよそ10%に過ぎない。

 専門医によると、アルコール依存症は、10年、20年という長期にわたって、ゆっくりと進行するそうだ。適量を消費していたはずが、徐々に健康や生活のクオリティーをむしばむようになり、やがてコントロールがきかなくなる。治療には薬物依存症と同様に専門知識が必要だ。病が進行している場合は自分の意志では治すことができないのである。

 加えて、パートナーや家族のサポートだけで治ることは期待できない。ドイツでも、身内が献身的にトラブルを処理しているケースがあるようだが、このような自己犠牲を伴うサポートは専門用語で「共依存」と言い、依存症の治療の助けにはならない。それどころか、患者が自ら気づき、立ち直るチャンスを阻んでしまうのだ。

▼はり治療も

 ドイツではほとんどの人が、かかりつけの医者を持っている。体調がすぐれない場合は、最初にかかりつけの内科医を訪ね、必要に応じて専門医を紹介してもらう。健康診断や血液検査は、かかりつけ医のところで行うのが普通だ。かかりつけ医とは長年にわたる付き合いとなるため、早い時期に病状や異変に気づいてもらえ、依存症の兆候を早期発見できるケースがある。ただし、治療を受けるには本人が望む必要がある。医師が勧告してから10~15年も経過して、ようやく治療を始めるケースもあるそうだ。

 入院治療はある程度の効果が期待できるという。ハンブルク市内のあるクリニックでは3週間の入院が一般的だそうだ。入院治療を終えると、リハビリのための通院治療(デイケア)が行われる。こちらは患者により4~12週間。毎日クリニックに通院し、7時間にわたる治療プログラムに参加する。デイケア終了後も、支援機関で定期的にセラピーやケアを受けることが勧められている。

 入院時から積極的に行われる治療法が、耳へのはりだ。1990年代に「米国薬物依存症回復支援耳はり協会」が、依存症の治療に有効であると発表して以来、ドイツでも広く実践されている。

ハンブルク市で依存症患者をサポートしている様々な機関のパンフレットを集めてみた。「ELAS」以外の団体は、いずれも耳へのはり治療を提供している。「KODROBS」(パンフレット手前)での治療費は1セッション(40分)3ユーロ(約380円)だ=岩本順子撮影

▼様々ある自助グループ

 依存症は慢性病で、回復はしても治癒しないと言われる。再発を防ぐためには、禁酒を続ける必要がある。そのため、患者は生涯にわたって自助グループに加わるよう勧められる。ハンブルク市にはこのような自助グループが約350ある。ドイツ全土では約8600存在すると言われる。

 1935年に米国で生まれた自助グループ「アルコホリックス・アノニマス(AA)」の活動は、世界各国で行われている。ドイツでも60年代に紹介されると、たちまち広まった。現在、AAはドイツ全土で約2000グループある。日本にも約600グループが存在するそうだ。

 AAのほかにも、様々な自助グループが存在する。プロテスタント教会系のチャリティー組織のハンブルク支部がサポートする自助グループ「ELAS(『違う生き方』の略)」は40年代から活動しており、同市内に約50のグループがある。通常、週に一度の割合で集まり、経験談などを分かち合う。ハンブルクのELASでは、コーラス、美術、写真、カヌー、ギターなどのクラブ活動も行われている。

▼少量で楽しむ

 筆者は、ワインについての執筆、ワイン関連の通訳や翻訳を主な仕事としているが、2005年からはワインの講師も務めるようになり、アルコール飲料を紹介することの責任を意識するようになった。依存症についてあれこれ調べたのは、今後もワインの仕事を続けたいからだ。以来、飲酒量は上記の基準量より少なくしている。

 ワインの世界は知識欲や旅心を駆り立てるので、飲めない人にも魅力があるようだ。講座には、たまに「お酒はあまり飲めないけれど参加したい」という問い合わせがある。以来、飲める人も、あまり飲めない人も、無理をせず、適量で楽しめる講座のあり方を模索している。幸い、ドイツのワインは全般的に低アルコールで、アルコールフリーワインの品質もずいぶん良くなってきている。(ハンブルク在住ジャーナリスト、岩本順子=共同通信特約)

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