『ザ・ノンフィクション』カタギを志した元ヤクザ・タカシが覚せい剤で挫折するまで――「その後の母の涙と罪と罰」

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 NHKの金曜夜の人気ドキュメント番組『ドキュメント72時間』に対し、こちらも根強いファンを持つフジテレビ日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』。4月21日放送は『その後の母の涙と罪と罰』。更生しようとした元ヤクザのタカシ(仮名)が挫折し、覚せい剤に手を染めていくまでの過程を追ったものだ。

あらすじ:出所後、覚せい剤の使用で逮捕されるまで

 今回の主人公・タカシは顔にぼかしが入っていたが、人との会話や接し方を見ると屈託がなくノリも軽い。親の離婚後以降、母親に会っておらず、中学から不良仲間とつるみ学校にはほとんど行かなくなり、漢字の「奮闘」が読めないほど勉強は苦手。17歳のとき、所持金2万円で岩手から上京する。歌舞伎町でホストになったものの、「かっこいいから」という理由でヤクザになり、薬物売買で逮捕された。

 出所後、立ち直りたいと思い、ネットで偶然知った「罪人の友・主イエスキリスト教会」に身を寄せる。母親が経営していたスナックを改装、現在、教会として運営する進藤牧師やサポートスタッフの学さん(両氏とも元ヤクザで、薬物依存を乗り越えた)からも可愛がられ、屈託のないタカシは、パッと見、「ダメさ」が見えにくい。

 タカシは、介護の仕事を志し職業訓練学校に通い、元ヤクザの経歴を知りつつ受け入れてくれる施設も見つけ、最初は茶目っ気も生かしつつ真面目に働き「(これで自分は)ニートじゃないからね」と笑っていた。しかし、3カ月で仕事に行かなくなり、無断欠勤が続く。同じアパートに暮らす牧師の母親や教会スタッフも気にかけて連絡をとるが、昼夜が逆転していき、鬱になり、ますます一日中横になるように。そして、2018年11月に覚せい剤の使用で捕まってしまう。

 しかし、なぜタカシは仕事に「介護」を選んだのだろう。したことがない人間でも、非常に大変な仕事だというのはよくわかる。常に人手不足で「なりやすい」点はあったのかもしれない。

 ナレーションでさらっと「通勤は4時間」と言っていたが、ただでさえハードな仕事に加え、通勤4時間は相当きつい。タカシは居心地が良く、家族のようだと話す教会の目の前にアパートを借りていた。職場に近いところに引っ越したら、教会という拠り所をなくしてしまう。家の近所で、雇ってくれるところがなかったのだろうかとも思うが、それまでの経歴が尾を引き、見つからなかったのかもしれない。

 また、タカシの就労条件については「夜勤がある」としか触れられていなかったものの、これが週5~6日のフルタイム勤務だとしたら、“カタギデビュー”にしては、最初から飛ばしすぎに思える。金銭的な余裕もおそらくないことから、「いきなりフルタイム」だった可能性が高いが、時短勤務だったり週2~3勤務から始められなかったのだろうか。

 無断欠勤を続け、最終的には介護施設から解雇されてしまい、タカシは昼夜が逆転し、鬱になり、いつも「だるい」と口走り、態度はどんどん投げやりになっていく。欠勤を続けている間も施設に連絡すら入れず、「辞めたい」と言うことさえできないタカシは、確かにだらしない。しかし、せっかくの立ち直りの第一歩で挫折してしまったことが、タカシ自身も相当ショックだったのだろう。

社会人デビューで挫折するのは、誰でもきつい

 私も二度の正社員退職経験があるが、どちらも理由は「嫌でツラかったから」だ。いまだに、退職時に「今の会社には、なんら不満がなく、ステップアップとしての前向きな退職」と、キラキラした理由を挙げる人には嫌悪感を覚える。そのくらい、「ほかの皆ができている、我慢できていることを、なぜ自分だけできないんだろう」という自問を抱えることの後ろめたさを理由に退職するのは、心をえぐるような挫折経験として残る。

 しかし嫌でつらくて会社をやめる辞める人などゴマンといるし、たいていの人がそれで会社を辞めるのだ。「やりたいと思ってやってみたけどダメだった」なんて普通だ。カタギの社会人デビューの復帰初回で挫折するのはきつかっただろうが、だからこそ、立ち直るときに「これ一本」に賭けるのは、リスクが伴うのではないかと思う。

 「奮闘」という漢字をタカシが読めないシーンを入れたのは、タカシに必要なのは、ここが正念場だとしゃにむに頑張る「奮闘」なのだという、制作サイドのメッセージ……と、受け取るのは深読みしすぎかもしれない。しかし、3カ月で折れたタカシを見ると、奮闘よりも大切なのは、むしろ「頑張りすぎない、でも折れない」と、ゆっくりと行く姿勢だったのではないかとも感じる。経済的な状況がそれを許さなかったのかもしれないが。

 誰しも、ここは奮闘せねばならない正念場はあるが、それは、自分に「イケる」というある程度の自信がないと、乗り越えるのはキツいはずだ。「イケる」手ごたえを体得するには、家庭環境が大きく関係するのではないかと、正直思う。不遇な環境をバネにし立ち上がる人もいるが、それはよほど心が強いケースだろう。タカシは「奮闘」が読めないのだから勉強に自信がなく、そして介護施設を無断欠勤の末に解雇されたことで、また自信の芽は摘まれてしまった。

 タカシは両親の離婚後以降、母親に会えていないが、その詳細はドキュメントでは触れられていない。「母親に本当に会いたくなかった」のであれば、まだいいが、タカシが意地を張ってそう言っていたり、また、母親の方に会う気がなかったり、お互い会いたかったものの周囲がそうさせてくれなかった、あるいは、タカシが周囲を察して会うのを諦めていたのであれば、子どもだったタカシにはきつい“諦め”の経験だろう。

 そして、タカシ自身も過去に交際女性との間に子どもをもうけた父親であるが、妻に去られて以降、子どもに会えていないという。母親に会えない子どもだったタカシが、父親に会えない子どもをつくっている。

 つらい家庭で育った人が、なぜか似たようなつらい家庭をつくり、時にタカシのケースよりもずっと悲惨な結末を迎えるケースは後を絶たない。なぜこういった連鎖が起きるのか、以前カウンセラーの南波実穂子氏を取材した際に、「人間の無意識は変わらないことをよしとするので、よくない状況であっても繰り返してしまう傾向はある」と伺った。

 人は意識せず、幼少期からの行動パターンを繰り返す。タカシにとっては未経験の “カタギとしての日々の幸せ”というあやふやなものよりも、すでに身に覚えのある“(教会に入り変えたいと思った前の)自堕落な生活”の到来にほっとしてしまうのかもしれない。

 知っている不幸に自ら進んでいかないためには「奮闘」と「頑張りすぎない、でも折れない」の二つで乗り越えていくしかないのだろうが、これは年を追うごとに、相当難しく、厳しくなっていくようにも思える。

 次回の『ザ・ノンフィクション』(5月5日放送)は、番組ザ・ノンフィクションファンにはおなじみの42歳現役ホスト「伯爵」による『ザ・ノンフィクション もう一度、輝きたくて(仮)』と、子どもの日にウズウズするような一本だ。

石徹白 未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂