昭和家電のぬくもり 令和へ

雲仙の森下さん 200台所有 ほとんどが「現役」

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昭和初期に製造された蓄音機を鳴らす森下さん=雲仙市南串山町

 長崎県雲仙市南串山町の森下寅松さん(78)は、昭和初期に製造された蓄音機や真空管ラジオ、テレビなどの電化製品約200台を所有している。自分で修理をするため、電話以外ほとんどが現役で動くものばかり。元号が「令和」に変わるのを前に「新時代に昭和のぬくもりを伝えたい」と話す。

 森下さんは、中学時代から真空管ラジオを作るのが好きで、機械いじりが得意だった。37歳の時、同町に精肉店(現・フレッシュミート森下)を開業。仕事に追われ、趣味に割く時間が取れずにいたが、65歳を機に真空管ラジオ作りを再開。インターネットのオークションを通じて、幼少期や青春時代をともにした「昭和家電」の収集を始めた。

 真空管ラジオは1940(昭和15)年前後に製造されたものを中心に120台を超え、手回しのゼンマイ式の蓄音機は大小合わせて約30台。部品も取り寄せて自分で修理し、ほとんどが現役として稼働する。

 他に57(昭和32)年発売の製品を含むテレビが20台、洗濯機や電話機などもある。ネットで落札した冷蔵庫が4月中には届く予定で、「テレビ、洗濯機、冷蔵庫といった昭和家電の『三種の神器』がやっとそろう」と満足そう。大型コンテナを改築した約30畳の倉庫の中で、置き場所を探す。

 レコードも約2千枚所有している。数年前から月1回ほど、蓄音機を持参して町内の老人福祉施設や敬老会行事で鑑賞会を開いてきた。美空ひばり、三波春夫といった当時のヒット曲や軍歌などをかけると、「家族で支え合った苦労や、楽しかったころを思い出した」と涙を流す人もいるという。森下さんは「ノイズ混じりだが、アナログにしか出せないぬくもりがある。戦中、戦後を生き抜いた世代には心に染みる音」と、今後も鑑賞会を続けていくつもりだ。

 戦争と敗戦、復興と経済の急成長という激動の昭和から平成を経て、時代は間もなく令和に変わる。「ずっと平和な時代であることを願う。家電とともに『昭和はこういう時代だったんだよ』と伝えていきたい」と森下さん。倉庫の中で蓄音機に針を落とすと、昭和歌謡の柔らかい歌声が響いた。

倉庫に並ぶラジオなど昭和家電