金正恩氏、あやうく「無礼者」にされかける ロシアの伝統無視

By 太田清

24日、ロシア・ハサン駅に到着し、出迎えを受ける北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(タス=共同)

 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が24日午前、プーチン・ロシア大統領との首脳会談のため特別列車でロシア入りした。国境に接する沿海地方のハサン駅で開かれた歓迎式典で一時、思いがけない金委員長の行動が報じられた。ロシアの民族衣装を着た少女らから花束を贈られた後、伝統の「パンと塩」を差し出されたにもかかわらず、金委員長はこれを無視、パンを食べなかったと伝えられた。 

 多くのロシア・メディアがインタファクス通信を基に報道したもので、事実とすればロシアでは非常に失礼な話となる。同国では中世以来、大切なお客を迎える際に主食であるパンと、高い税金がかけられ当時は貴重品だった塩を贈り、歓迎するのがしきたり。「パンと塩」のロシア語をつなげると「もてなし好きの人」との意味ともなる。客人をこれだけ大切に見なしているとの意を示す意味があり、一般的には民族衣装を着た女性が白い布をひいた皿の上に表面に飾りを描き焼き上げられた大きな円形パン「カラバイ」を置き、パンの中心に塩の入った小さな容器を入れて客に供し、客はパンの一部をちぎった後に塩を付け食べることになっている。 

 必ずしも食べる必要はなく、食欲がなかったり、嫌であったりすれば食べたふりをすることも可能だが、もし無視すれば昔は客は家の中に入ることが許されなかった。さすがに現在は一般の人がこのような歓迎をすることはないが、外国からの要人が訪れた際はなお行われていて、駅や空港などでよく目にする光景。ロシア訪問の国家元首や閣僚がこれを無視したという話は聞いたことがなく、事実とすれば異様な行動だ。 

 金氏はこのような伝統を知らなかったのか、何らかの政治的メッセージを伝えるために、わざと無視したのか、筆者は考えを巡らせたが、ほどなくロシア通信が「報道は間違い。金委員長は(食べるため)パンをちぎった」とする、パンと塩を差し出した地元の女子学生の話を紹介。また、タス通信も地元議員の話として金委員長はパンと塩の歓迎に応じたと伝えた。 

 混乱に業を煮やしたのか地元沿海地方当局が特別列車を降りてきた金委員長が花束を受け取った後にパンを塩に付け口に運ぶ様子を写した映像を公開。金氏はパンを口に運び何度かうなずき、笑顔を見せた。金氏の対応を巡る報道の違いは決着を見た形だ。インタファクス通信がなぜこうした報道をしたか不明だが、同通信自身もその後、公開された映像によると金氏は歓迎を受け、パンを食べたと伝えている。 (共同通信=太田清)

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