遺族の願い

 麦わら帽子をかぶって穏やかにほほ笑む女性と、ピースサインをして白い歯を見せる幼い娘。家族で過ごす休日のスナップ写真だろうか▲そんな家族の日常は、突然断ち切られた。東京・池袋で87歳が運転した乗用車が暴走し、歩行者を次々とはね、母娘は死亡した▲生前の写真を、夫であり父親である男性が公開した。「命を感じてほしい」からだという。「感じてもらえれば、危険な運転をしそうになったとき、2人を思い出し、思いとどまってくれるかもしれない」と▲事故は、高齢者による運転ミスの可能性がある。悲しみの淵にいながらも、男性は「少しでも不安がある人は運転しない」という選択をするよう呼び掛け、社会的な議論を訴えた▲かねて高齢ドライバーの事故防止策が問われている。反射神経が鈍り、判断能力や身体能力が落ちたと自覚していても、運転せざるを得ない事情がある人も中にはいる。乗用車に代わる交通インフラの整備などが課題となる一方、命を守るための「運転を思いとどまる」という選択は、ずしりと重い▲テレビ電話で「今日定時で帰るよ。待っててね」「気をつけて帰ってきてね」と交わしたのが夫婦の最後の会話だった。「命を感じて」という男性の訴えを受け止めたい。高齢ドライバーに限らず、社会全体で。(泉)

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