美容室「KAMIKIRIYA」 平成の終わりとともに幕

長崎の流行見つめて30年

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笑顔で会話しながら子どもの髪を切る浜崎さん(右)=長崎市城山町

 昭和最後の年に開店した長崎市の美容室「KAMIKIRIYA(カミキリヤ)SINCE1988」が今月末、平成の終わりとともに閉店する。移りゆく長崎の流行を見つめ、男女を問わず幅広い世代に親しまれた。
 1988年2月3日、オーナーの浜崎安宏さんが、城山町にオープン。昭和の時代は男子にとって「床屋さん」が散髪の定番だったが、この店には当初から多くの男子学生が訪れた。「個性があり、美意識が高い若者が多かった」という平成初期。夏休みは“期間限定”でカラーやパーマを楽しむ高校生でにぎわっていた。
 約5年後、店舗を拡大。客の注文から世相を垣間見ることができた。サッカーワールドカップ(W杯)日韓大会があった2002年は「ベッカムヘアー」が流行。「ストレートパーマ」の注文が殺到した年もあった。サイドや後頭部を短く刈り上げる「ツーブロック」は「平成の間に3回くらいブームが来た」。
 かつて成人の日は大勢の新成人で店があふれていた。それが、レンタル着物屋の普及で晴れ着を持ち込む女性が減り、着付けからヘアーメークまで一括で美容室が仕上げる風習は薄れつつある。
 昭和には見られなかったカラー、パーマの専門店が広がり、美容室の役割は分散された。全国チェーンの格安店も増えた。毎年多くの若者が県外へ出て行く上、長崎にいる人の美意識も変化した。「車を買わない若者が増えたように『必要最低限』で済ませる人が多い。お小遣いをためて美容室へ行く若者は昔よりも少なくなったように思う」
 時代とともに人も環境も変わった。カミキリヤも平成の終わりを一つの区切りとして、姉妹店との経営の効率化もあり閉店を決めた。
 変わらないこともある。浜崎さんは「聞き役」に徹し、客が気軽に話をできるように心掛けてきた。店への親近感と信頼は人から人へと受け継がれ、3世代の常連客もできた。28日に閉店が迫り、惜しむ多くの声が寄せられている。
 浜崎さんは「美容室の魅力は結局、スタイルどうこうではなく人。一人一人とのつながりを大切にしてきたからこそ、30年続けることができた。幸せだった」と語った。

笑顔で利用客を見送る浜崎さん(右)