元経営者の男性はなぜ差別に加担したか  正義感から「正しいと思い込み」

記者会見する神原元弁護士(中央)と男性(右)

 インターネットのブログにあおられ、深刻な差別に加担していた関東在住の60代の男性が4月中旬、横浜市で記者会見した。約20人の報道陣を前に、サングラスとマスク姿で「間違いだった」と謝罪し、経緯を語った。「自分なりの正義感からやっていたが、ただの差別だったと気付いた」という。在日コリアンに「大変な驚きと悲しみ、悔しさ」を与えたと後悔するような行為にのめりこんでしまったのは、なぜか。

 ▽ネットで情報収集するうちに…

 きっかけは、4年ほど前に「余命三年時事日記」というブログを見つけたことだった。

 脱サラして興した会社を退職した後、自宅でネットを見る時間が増えた。雑誌やテレビといった既存のメディアにはあまり触れず、情報収集はもっぱらネット。「まとめサイト」を閲覧するうち、在日コリアンへの差別的な書き込みに興味を持った。そこでは頻繁に「余命」という言葉が引用されていた。

 「なんだろう」。気になって検索し、このブログに行き着いた。

 余命ブログに書かれていたのは「朝鮮人は悪いことをしている」「在日コリアンに日本はやられてしまう」という、今なら荒唐無稽と分かる内容。しかし、当時はそれを本当だと信じ込んだ。余命ブログの運営者を神格化するようになり、「右翼の大物で、日本の裏で大きな力を持っている」とさえ思っていた。

 ▽退職後、社会とのつながり取り戻したくて

 余命ブログは、朝鮮学校への補助金交付を求める弁護士会の声明を批判し、読者に、在日コリアンや反差別運動をしている弁護士への懲戒請求に参加するよう呼び掛けた。

記者会見する男性

 「自分も日本のために何かやらないと」。いても立ってもいられず、住所を登録。するとレターパックが送られてきた。同封されていたのは懲戒請求書などの書類。署名、押印をして返送するという作業を繰り返した。

 男性による懲戒請求件数は100件を超えた。書類の中身を全て把握していたわけではなかったが、「正しいことをしているという高揚感があった」。

 一方で、余命ブログとのやりとりは妻にばれないようにしていたという。「どこかで後ろめたさがあった」からだ。
 
 内心で後ろめたいと感じながら、これほど夢中になった理由はなんだったのか。

 「退職を機に、部下を率いて事業をしていた時の充実感を失った。社会とのつながりを取り戻したかった」と振り返る。さらに「この作業をすることで、新たな『自己承認』を得ていた」とも思うという。そうした感覚の根底には「自分の中に、もともと差別意識があった」。

 ▽ひとごとでない、と向き合ってやっと気づく

 やがて、大量の懲戒請求を受けた弁護士たちの反撃が始まった。余命ブログの〝信者仲間〟が、弁護士から次々と提訴されていく。男性は余命ブログに少しずつ不信感を抱くようになった。当初は余命ブログ側が訴訟を引き受け、信者には迷惑をかけないので「何もしなくていい」との説明があったという。しかし、訴訟が進むと、裁判所は信者らに慰謝料の支払いを命じる判決を言い渡した。

 男性にとってもひとごとではない。在日コリアンの弁護士が勝訴した判決文をダウンロードして読んだり、懲戒請求した弁護士や外患誘致罪で告発した弁護士のツイッター投稿を見たりするうちに、正しいと思ってした行為が差別であることに、やっと気づいた。

 男性は会見でかつての信者仲間に向かってこう述べた。

 「心の中で『もうだめだ』『自分は失敗してしまった』と思っている方はいると思う。そこまで思わなくても、毎日不安で、いつ訴えられるんだろうと震えてなかなか眠れないような信者もまだまだいると思います。(自分が)こういったことを話すことで、1人でも気持ちが変わってきちんとしたアクションを起こしてもらえばと思ってここに参りました」

 そうして男性は「早く目を覚ましてほしい」と呼び掛けた。

横浜地方裁判所

 ▽自分の家族だって、もしかして…

 記者会見に同席した神原元弁護士も男性が懲戒請求した一人。神奈川県弁護士会に所属し、これまで差別反対運動にかかわってきた。一連の懲戒請求は「人種差別を扇動する目的であり、絶対に許されない」と述べた。

 これまで、同様の懲戒請求を約2千件受けた。昨年10月には、懲戒請求した約700人から、計約7億2千万円の損害賠償を求める訴訟を横浜地裁に起こされた。神原弁護士はこの提訴を「根拠のない不当な攻撃」と批判。訴えを取り下げた一部の人を除く全員に慰謝料を請求する「反訴」を起こし、法廷で対決すると明らかにした。

 神原弁護士は「在日の人たちは『この次は身体的な危害を加えられるかもしれない』と危機感を持っている。どこかで食い止めないといけない」と反訴の意義を訴えた。

 会見が終わると、男性はサングラスとマスクを外し、記者の話に応じた。論理的で物腰の柔らかい話し方から、経営者だった頃の様子がうかがえた。

 別の新聞社の記者は「男性に『特殊な人』という印象がない。自分の家族だってもしかして…と思ってしまった」と話していた。神原弁護士も「大量懲戒請求をした人々は、比較的高齢で、社会的な地位がある人が多い」とみている。(共同通信ヘイト問題取材班)

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