地域のブランド戦略と発信、自治体と企業の連携で――未来まちづくりフォーラム②まちづくりセッション

街をどうブランド化し、それを国内や世界に伝えるのかが、今多くの自治体が抱える課題となっている。「未来まちづくりフォーラム」特別セッションでは、ポニーキャニオンと三重県桑名市、NECネッツエスアイと滋賀県大津市が、協業によるそれぞれの取り組み事例を紹介した。官民の視点と資質を生かし、自治体のみでは、なしえない街の総合的なブランディングを実現している。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局)

面から点へ、ターゲット見定め街の魅力を発信

三重県桑名市は人口14万2千人。名古屋から近く、市内のナガシマリゾートの年間来場者数はTDLに次いで日本で2番目の1500万人以上。名産品の蛤だけでなく、石取祭などの歴史的な地域資源が多い地域だが、将来的に人口の減少が予測されているという。

桑名市の伊藤徳宇・市長(右)とポニーキャニオンの村多正俊・経営戦略本部エリアアライアンス部 部長

「桑名市は『本物力こそ、桑名力。』をブランド・キャッチコピーとして掲げ、まちづくりを進めている」と話すのは、伊藤徳宇・同市長。2014年に広報広聴課を「ブランド推進課」と改め、東京事務局を置き、同年をブランド元年と位置付けPR活動を行っていたが、昨年変化があった。

それまでは、広く桑名市を知ってもらうために訴求していた。次は「より深く、点で桑名の一番良いところをわかるように伝える」(伊藤市長)という段階だという。訴求ターゲットを「首都圏在住、本物に目が利き、発信力のある高感度層」など、細かくセグメント化した。協業するポニーキャニオンの村多正俊氏は「現代の広告手法に理解が深い方がやっているな」と感じたという。

2018年のPRではテーマを「食」に絞り、作家で「鴨川食堂」の作者の柏井壽さんをインフルエンサー(魅力みつけびと)として設定した。柏井さんは「ターゲット像にぴったりの人選」(伊藤市長)。桑名の蛤を題材にした小説も発表され、訴求が拡散をつくるというフローが確立された。来年のテーマ「歴史」の魅力みつけびとは、ヒップホップアーティストで歴史マニアのMummy-Dさんだという。ポニーキャニオンの、エンターテインメント分野への強みが出た取り組みだ。

「何を、誰に伝えるかを明確にすることは、行政としては難しい手法。しかし単に知っているだけでなく、魅力を認知してもらうことが必要だ」(伊藤市長)という。点で絞り込んで訴求することから始め、点をつなげて街全体をブランド化することが狙いだ。さらに「ブランディングによって市民にも誇りを持ってもらい、最終的には14万人の桑名市民がブランド・プロデューサーとして発信することを目指す」(伊藤市長)という。

「町屋」リノベーションしインバウンド誘致

滋賀県大津市は京都から電車で9分。多くの自治体と同様に、人口減少、高齢化の課題を抱えている。「まちづくりの在り方を変えなければいけないと感じている」と話すのは越直美・同市長。大津市には琵琶湖岸や、競輪場跡などの広い公共スペースがある。それらを単に公共事業としてビルなどを建設するのではなく、公園として整備し、民間に土地を安く貸し出す。建物などは企業が自前で建設し、維持管理費も負担してもらうことで、官民双方にメリットのある空間づくりをしているという。

大津市の越直美・市長(右)とNECネッツエスアイの田中涼子氏

もうひとつの取り組みが、東海道の大きな宿場町だった大津市の歴史的な資産「町屋」を活用した街づくりと、インバウンド誘致だ。現存する町屋は1600軒ほどだが、約200軒は空き家やガレージになっている。そのうち7軒を昨年リノベーションし活用している。

市役所のまちづくりを担当する部署は、リノベーションした町屋の建物内に5月に移転する予定だ。市民も利用できるコワーキングスペースとして開放する。「従来の市役所はカウンター越しの会話となり、物理的にも心理的にも市民と壁ができていた」と越市長は話す。市民と自治体の交流を生み、風通しの良い市役所を目指す。

ホテルとして改装している町屋もある。商店街の中に立地するため、旅行者が大津市の生活、文化をダイレクトに体感できるアクティビティ拠点となる。京都に近い立地はインバウンドを呼び込みやすいが、積極的な施策も講じている。そこでNECネッツエスアイとの協業が生まれた。

NECネッツエスアイはシステムインテグレーションを主業務とする、通信に関わる企業。「人口減少、高齢化を踏まえ、自らの手で日本、特に地方を元気にしたい」と話すのは、同社の田中涼子氏。地方の交流人口を増やすために、土地への誘致だけでなく、宿泊施設やその土地ならではのアクティビティといった誘致後の着地点の情報発信を行う。

大津市へのインバウンド誘致の戦略はこうだ。中国国内で最大のオンライン旅行会社を親会社にする宿泊施設予約プラットフォーム「途家」とも協業し、中国国内のインフルエンサーに大津市観光に関する記事執筆を依頼。地域自体のプロモーションと同時に、大津市内でまだ観光客に知られていないディープなアクティビティを発掘、自らヒアリングを行い、観光客向けに情報を発信する。町屋ホテルなどを観光資源として生かす狙い。

この戦略は数値として効果が見え始めているというが、メリットは他にもあったという。「大津市の地元の企業や個人と話すことで、それぞれの思いをもっていることがわかった。同時に一人の個人、ひとつの企業では取り組みに限界があり、束になることが必要という議論が生まれている。ネッツエスアイとしても潤滑油としての役割を持ち、住民に大津市の盛り上がりを感じてもらえれば、地域に仕事がうまれる。新しい出会いがうまれる。大津市のことが好きになり、住み続けてもらえる、ということを実現したい」(田中氏)

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