【写真特集】平成経済の停滞、その元凶は1940年ごろにつくられた統制経済システム「40年体制」を引きずり続けたことだ―。そう唱えてきたのは経済学者の野口悠紀雄氏だ。敗戦を越えて生き続けたこの体制の構成要素は長期信用銀行と都銀を中心とした金融システムと、当時の大蔵省を中心とした官僚システム。「平成の時代はこの体制が終わったことに気付いて、それに代わる新たな体制への改革が求められたときだった。ところが、日本はそのことを直視せず漂流を続け、30年間も没落したままだった」(週刊ダイヤモンド2018年8月25日号 野口氏の寄稿記事)。
【1998(平成10)年 汚職事件で揺れる大蔵省】
高度経済成長、1980年代までの成功体験が「負の遺産」となり、今も日本を「呪縛」しているという考え方だ。日銀や財界と意を通じて、金利や為替レートのコントロール、春闘のときの賃金アップへの働きかけは、政府の市場経済への「介入」と言える。アベノミクスの行方について野口氏は「企業や個人の国家への依存はむしろ強まっているのではないか」「『戦後レジームの脱却』というより『40年体制』への回帰に思える」(2017年2月23日共同通信記事)と語っている。平成経済史の後半を写真で振り返った。
(まとめ 共同通信=柴田友明)
【1998(平成10)年 三塚蔵相の辞任】
【松下日銀総裁の辞任】
【1999(平成11)年 日銀のゼロ金利政策】
【2001(平成13)年 小泉政権の「聖域なき構造改革」】
【2005(平成17)年 郵政解散→自民党の大勝】
【2006(平成18)年 ライブドア、村上ファンド 事件】
【2008(平成20)年 リーマン・ショック】
【2011(平成23)年 東日本大震災と福島第1原発事故】
【2012(平成24)年 第2次安倍内閣発足】
【2016(平成28)年 日銀のマイナス金利政策】
【2016(平成28)年 東芝の粉飾決算】