転機を迎える認知症対策 「支える社会の輪を広げて」

 超高齢社会の進展で認知症への対応が急務となっている。2025年には、認知症患者は約700万人、予備群の軽度認知障害(MCI)を含めた合計は1千万人を超えるとも推計される。「認知症は誰でもなる」「自分もなる」と覚悟し、認知症の人を含め誰もが自分らしく生きていける社会を作ることが必須となっている。そうした中、フランスは昨年、アルツハイマー型認知症に使用されている認知症治療薬4種類を保険適用外にした。その示唆するところを、「認知症の人と家族の会神奈川県支部」代表の杉山孝博医師(川崎幸クリニック院長)に聞いた。

 -認知症の薬物療法では、認知症治療薬と向精神薬(抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬など)が使用され、効果の有無や副作用の問題など多くの課題が指摘されています。しかし、認知症治療薬についてのフランスの決定には驚きました。

 「フランスでは医療品の有用性などに応じて医療保険からの支払率が変更される仕組みだ。4種類の認知症治療薬の患者負担率は当初は35%だったのが、2011年の再評価で85%になり、ついに全額自費負担になった」

 「薬の有効性を評価する機関から、認知症治療薬は施設への入所を遅らせたり、認知症の重症化を防いだりする明白な証拠はなく、消化器系、循環器系への副作用も無視できないという報告があったためだ。その費用を、かかりつけ医の役割強化、介護者の負担軽減、アルツハイマー特別チームの充実などに使うべきだという理由が上げられていた。限られた財源の中で、薬に膨大なお金を使うことが妥当なのかが問われた」

 -効果が曖昧なら、その分の金をケア、介護に回すべきだという判断ですね。フランスらしい合理主義かもしれません。一方、日本では、認知症治療薬は積極的に使用されています。

 「認知症治療薬は、アルツハイマー病の原因であるアミロイドベータの沈着を予防したり、除去したりするものではなく、症状をわずかに改善する効果しかない。医師も認知症治療薬が決定的なものとは思っていなかった。ただ、認知症治療薬の登場で医療関係者が認知症に関心を持ち、認知症の人や家族に希望のよりどころを与えたのは事実。副次的効果は大きかった」

 「しかし、過剰な期待や漫然とした使用については考えなければならない時期に来たことは間違いない。フランスの決定の影響は、じわじわと出てくるのではないか」

 -世界的にも治療薬の開発は厳しい状況ですね。

 「世界的な大手製薬会社であっても失敗の連続で、決定的な薬は出ていない。認知症の最大の要因は、生物が本来的に持っている老化なのだから、難しいのは確かだ」

 -医師の対応もあらためて問われてきます。

 「薬に頼るのではなく、総合的な支え方が問われる。認知症について家族に理解を深めてもらい、いい対応、いいケアをしてもらう。また、上手に介護保険サービスなどを使ってもらうことも重要。医師はまだまだ、患者と地域資源をつなげる経験が足りない。今後の課題だ」

 -フランスの決定が示唆することは何でしょうか。

 「家族の会がこれまで求めてきた、認知症を理解し、支える社会の輪を広げることの重要性だ。認知症は本人、家族の困り事、生活障害がポイントとなる。これに対応するには、社会的なシステムを作らなければならない。政府は認知症施策推進閣僚会議を立ち上げ、5月にも大綱をとりまとめると聞いている。国会では議員立法で認知症対策推進基本法案を提出する準備が進んでいる。『認知症基本法』が社会の動きを飛躍的に促進することを期待している」

 ◆認知症治療薬(抗認知症薬) アルツハイマー型認知症に対する治療薬は、ドネペジル(商品名アリセプト)が世界で初めて日本で開発され、1999年に認可された。2011年にはガランタミン(同レミニール)、リバスチグミン(同リバスタッチ、イクセロン)、メマンチン(同メマリー)も認可。ドネペジルは14年にレビー小体型認知症でも保険適用となっている。

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