日朝首脳会談は実現するか

By 内田恭司

 

握手する安倍首相(左)とトランプ米大統領=26日、ワシントンのホワイトハウス(共同)

 米ワシントンで4月26日に開催された日米首脳会談で、トランプ大統領は安倍晋三首相に日朝首脳会談の実現に全力で協力すると表明した。25日にはロシアのプーチン大統領が北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と会談しており、北朝鮮を取り巻く主要国で金正恩委員長と会談していないのは、これで安倍首相だけとなった。

 首相はこれまでも日朝首脳会談の開催に意欲を示してきたが、この先果たして会談は実現できるのだろうか。今夏の参院選前の時期を模索していると見る向きもあるが、より可能性があるとすれば、来年夏の東京五輪に合わせたタイミングの方だろう。

 しかし、焦点の日本人拉致問題は解決へのハードルが高く、開催の見通しはまるで立たない。首相は、非核化を巡る米朝協議の行方をにらみながら北朝鮮との間合いを探っていくつもりのようだが、出方を間違えると足元をすくわれることになりかねない。  (共同通信=内田恭司)

 ▽相次ぐスポーツ関係者の入国

 経済制裁の一環で北朝鮮籍者の日本への入国が原則禁止されている中、ここ数か月の間にスポーツ関係者の来日が相次いでいることは、どの程度知られているのだろうか。3月にさいたま市で開催されたフィギュアスケート世界選手権に出場するため、選手団5人が訪日。2月の相模原市でのダイビングワールドシリーズでは7、8人が日本の土を踏んだ。

 昨年11月には国際オリンピック委員会(IOC)関連会合に出席するため、北朝鮮のIOC委員関係者や現職の金日国体育相までが日本を訪れた。金日国氏は金正恩委員長に比較的近いとされる。来日時には日本体育大学の松浪健四郎理事長と面会し、北朝鮮選手団が東京五輪直前の合宿地や大会期間中の練習場所として、日体大から施設の提供を受ける約束を取り付けた。

羽田空港に到着し、出迎えを受ける北朝鮮の金日国体育相=2018年11月27日午後

 ちなみにキャンパスのある東京都世田谷区は米国選手団のキャンプ地でもある。

 これまでも国際大会に出場する北朝鮮選手の入国は認められてきたとはいえ、ここまで続くのは異例だ。関係者によると、酒やたばこなど日本から北朝鮮への「土産」を厳しく没収していた日本出国時の税関審査も最近は緩やかになったという。フィギュアの選手団は埼玉県内の朝鮮初中級学校訪問まで認められ、熱烈な歓迎を受けた。

 追記すれば昨年、団体戦で南北合同チームが結成された世界柔道選手権は今年、8月下旬に東京で開催される。北朝鮮は選手団を必ず派遣してくるだろう。

 日本が北朝鮮に示す「誠意」はスポーツ分野だけではない。ここ数年頻発する日本への木造船漂着では、日本は人道的見地から乗組員を救助して北朝鮮に送還。死者がいれば火葬し、合わせて北朝鮮に送り返している。

 例年3月に、11年連続で欧州連合(EU)と共同提出してきた国連人権理事会への対北朝鮮非難決議は、「信頼関係の醸成を図る」(政府高官)ため、提出者から降りたばかりだ。4月23日発表の2019年版「外交青書」からは、従来の「北朝鮮に対する圧力を最大限まで高めていく」との文言が削除された。 

 ▽「対話路線」をさらに推進

 安倍政権がここまで北朝鮮への配慮を示すのは、対話ルートの維持を目論んでいるからだ。そもそも安倍首相は、2月末のベトナムでの米朝首脳会談で、トランプ大統領と金正恩委員長が非核化で合意し、米朝関係が進展に向けて一気に動き出せば、日朝関係も成果を目指して着実に進めていこうと考えていた。

 昨年、金正恩委員長による融和路線への大転換を受け、同3月に初の米朝首脳会談の開催が固まると、安倍政権も対北朝鮮方針を「最大限の圧力」路線から「対話重視」へと一気に軌道修正した。この対話路線をさらに推し進めようとしたわけだ。

 具体的には、非公式の高官協議を重ねる一方で、米国が北朝鮮への人道支援や南北協力を容認すれば日本も追随。信頼醸成が進み、五輪開催に向けた「平和ムード」も高まっていくタイミングをとらえ、首脳会談を見据えた公式のハイレベル対話につなげる。こうしたシナリオを思い描いていたのは想像に難くない。

 裏付けるかのように、安倍政権内部からは日朝関係の進展に応じての、さまざまな構想も伝わってきていた。拉致問題と国交正常化をテーマとする「日朝並行協議」の開始、自民党の二階俊博幹事長を団長とする超党派訪朝団の派遣、そして金正恩委員長を五輪開会式か閉会式に招待しての日朝首脳会談の開催…。

 いずれも、どこまで具体的な検討が進んでいたのか定かではないが、これらを実現させる環境整備として、官邸では、長年掲げられてきた「拉致問題の解決なくして国交正常化なし」との基本方針を、「国交正常化の先に拉致問題の解決を求めていく」との内容に軌道修正できないか検討していたと話す関係者もいた。 

首相官邸で安倍首相(右)と面会する拉致被害者家族会の(左から)横田早紀江さんと飯塚繁雄代表=2月19日午後

▽日本は「米国の傀儡」

 だが、周知のように先の米朝首脳会談が物別れに終わったことで、安倍政権も北朝鮮への対処方策をいったんリセットせざるを得ない状況となっている。政権内や一部の識者からは、事前の予想に反して強硬姿勢が際だったトランプ大統領との仲介役を担ってもらうため、北朝鮮が日本に接近してくるのではないかとの期待や予測も出る。

 北朝鮮の対日接近を奇貨として日朝間で非公式協議を進め、安倍首相の電撃訪朝につなげるといったものなのだろうが、北朝鮮が置かれている現状を踏まえると、とても実現可能性がある話だとは思えない。

 金正恩委員長はトランプ米大統領に完全非核化の「ビッグディール」を迫られた。かいつまんで言えば、寧辺に集中する核施設の廃棄だけではなく、存在を明らかにしていないウラン濃縮プラントを申告し、廃棄するよう迫られたわけだ。核施設の全リストの申告に加え、製造した核兵器や核物質の米国への引き渡しも求められたという。

 完全非核化と引き替えに経済支援を行う「リビア方式」の選択を迫られた金正恩委員長は、取引の準備が整わないまま、ディールを拒否するしかなかったということだ。

会談場のホテルの中庭を歩くトランプ米大統領(右)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=2月28日、ハノイ(朝鮮中央通信=共同)

 今後、仮に3回目の米朝首脳会談を模索する中で、金正恩委員長がトランプ大統領の要求を飲むかどうかの判断をする局面があるとしても、安倍首相がそこに介在する余地はないだろう。北朝鮮は日本を「米国の傀儡」としか見ていない。北朝鮮が米国に強硬姿勢を弱めてもらうため、日本に働き掛けを依頼するなどという場面は想像できない。 

▽経済協力の青写真も

 それでは、安倍政権は拉致問題を進展させるために、どのような方策を取ろうとしているのか。探るヒントはある。トランプ大統領は金正恩委員長との首脳会談で、拉致問題について2回も提起した。トランプ大統領がたびたび言及しているように「拉致問題を解決させれば、日本は必ず経済協力や支援のカネを出す」と伝えたのだろう。

 これは、非核化と支援の枠組みに日本を組む込みたいトランプ大統領の「強い意向」(外務省幹部)でもあるようだ。安倍首相としては、金正恩委員長への口利きをしてもらった以上は、米国と緊密に連携した上で、米朝間の非核化協議をにらみながら、水面下で北朝鮮に具体的な経済協力の青写真を示そうとしているのではないか。これをてこに拉致問題を進展させる狙いだ。

 日朝国交正常化が両国間の大きな課題となってからかなりの年月がたつが、実はこの間、資源開発やインフラ整備など、ゼネコンや商社が描いてきたいくつものプランが存在する。10年以上前に、そのうちの一つを詳細な図面とともに見せてもらったことがある。

 とはいえ、経済協力はあくまでも拉致問題の解決と完全非核化が前提だ。弾道ミサイルの廃棄も外せない要求で、安易な妥協などあってはならない。これらを満たしうるスキームは日本政府内で十分に練り上げられてきているのか。安倍首相の自民党総裁としての任期は2021年9月までで、あと2年5か月だ。残された時間はあまりない。

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