トヨペット・コロナ | トヨタ 経営基盤を盤石にしたトヨタ初のグローバルカー

ゴールデン旧車倶楽部

©ゴールデン横丁合同会社

「アローライン」と呼ばれる傾斜したフロントノーズのラインが美しい 

・モデル名 :トヨペット・コロナ
・世代/形式:3代目(RT40型)
・メーカー名:トヨタ
・販売時期 :1964~1970年

トヨペット・コロナの3世代目である「RT40型」セダン。発売から僅か4カ月でベストセラーとなり、日産ブルーバード「510型」との熾烈な競争は「BC戦争」と揶揄された。
「RT40型」は、2ドアHTや5ドアHB、2/4ドアバン、2ドアシングル&ダブルキャブピックアップなど多くのバリエーションを生み出す

コロナとブルーバードの熾烈な販売競争はあまりにも有名

1957年にデビューしたトヨタ自動車製乗用車である初代コロナ。その名は英語で“太陽の光冠”を意味する。
当時の国内乗用車市場では、トヨタの王冠たるトヨペット・クラウンが中型タクシー市場を席捲していた。
対する、小型タクシー市場は日産のダットサン110型/210型が独占する状況だった。そのダットサンへの対抗馬としてデビューしたのが、初代コロナだった。

しかしながら、ダットサンの牙城は崩し難く、1960年に世代交代したRT20型の2代目コロナも、210型の後継で初めて「ブルーバード」を名乗った日産310型の後塵を拝した。
上品で繊細な印象のRT20型の大きな弱点は、当時の乗用車需要を見誤ったことにある。
まだ乗用車そのものは、法人ユースやタクシー&ハイヤーで使用するケースが多く、そこで使用した際の耐久性や信頼性で、日産ブルーバード310型に大きく劣っていたのである。

打倒ブルーバードを標榜して開発した3代目コロナ

ところが、トヨタは1964年、日本最大のイベントである東京オリンピックが開催される1カ月前の9月、トヨタが総力をあげて開発した新型トヨペット・コロナRT40型を市場に送り出し、状況が変わる。
高度成長期の日本における小型乗用車需要は法人利用やタクシーからマイカー&ファミリーカーにニーズが大きく動いていたのだった。

デビュー当初のボディサイズは全長×全幅×全高4110×1550×1420mm、ホイールベース2420mmと現在の水準では現行のコンパクト・ハイブリッド車、トヨタ・アクア(全長×全幅×全高4050×1695×1455mm、ホイールベース2550mm)よりも全長が僅かに長いものの、それ以外はすべて小さく、極めてコンパクトなモデル3BOXセダンだった。
が、丸眼4灯式ヘッドライトを採用し高級感があり、斬新なスタイルで登場した。新型コロナのフラットデッキスタイルを採用したボクシーなスタイル、フロントからリヤにほぼ一直線に流れる特徴的な「アローライン」と呼んだサイドビューの“キャラクターライン”が人気を博す。

当時の新型コロナが搭載した、1.5リッター直列4気筒OHVエンジンは、最高出力70ps/5000rpm、最大トルク11.7kg.m/2200rpmを発生し、組み合わせるトランスミッションは4MTのほか、3速コラムMT、2速ATの“トヨグライド”も設定した。このパワートレーンは、車両重量わずか945kgのコロナ・デラックスを、最高速度140km/hにまで引き上げる高速性能をもアピールした。

同時に、前年の7月に開通したばかりの日本初の本格的都市間高速道路である「名神高速道路」で10万km連続高速走行公開テストを実施。高速走行時代をイメージした積極的な販売戦略を展開した。
その結果、国内販売だけでなく輸出でも成功を収め、RT40型コロナはトヨタの主力車種に躍り出た。
トヨタの技術レベルを一気に国際水準まで引き上げることになった。

カローラ登場までベストセラーの座を堅持

RT40型「トヨペット・コロナ」は発売から僅かに4カ月でベストセラーとなり、その後登場する日産自動車のブルーバード・510型との熾烈な販売競争は車名の頭文字から「BC戦争」と揶揄された。ブルーバードとの激しい販売合戦を制したコロナは、1968年にトヨタ・カローラに明け渡すまでベストセラーの座を堅持する。RT40型コロナはトヨタ自動車を国内シェアトップ企業に押し上げる原動力となり、国産車ナンバーワンブランドになったのである。

RT40型は車型バリエーションも豊富で、4ドアセダンのほかに2/4ドアバン、2ドアシングル/ダブルキャブピックアップをラインアップした。さらにデビュー翌年の1965年7月に、日本車として初めてのピラーレス2ドアハードトップ(RT50型)を追加し、後のスペシャリティカーの先鞭をつけた。

RT50型ハードトップモデルは、後にヤマハと協働による高性能テンロク(1.6リッター)DOHCエンジンを搭載した「トヨタ1600GT」を輩出する。この特別なモデルについては、項を改めるつもりだ。

RT40型はまた、同年11月にハッチゲートを備えた5ドアセダンを加えた。この5ドア車は、多用途に使えるハッチバックセダンで、当時の日本では極めて進歩的なモデルだった。いわゆる、トヨタのLB(リフトバック)車系の元祖といえるモデルだった。

トヨタのマーケティング戦略の基本を作ったコロナ

1968年4月には、1.6リッター4気筒SOHCエンジン(7R型系)を新たに搭載したゴールデンシリーズを新設した。
この3代目「コロナ」RT40型は、アメリカを始めとする海外でも通用するトヨタ初の乗用車となった。

その後、コロナはもっぱら堅実なユーザーに好まれるファミリーカーとして代を重ねてきたが、1996年に登場した11代目で、プレミオのサブネームが付いた。そして、2001年のフルモデルチェンジで、プレミオが本名に昇格、コロナの名は44年にわたる歴史に幕を下ろした。

RT40型コロナは、市場のニーズ・動向を読み取り、現状を把握したうえで必要な商品力を備えるという、トヨタ流マーケティングを初めて実践したクルマだった。このRT40型コロナの成功が、以後連綿と続くトヨタの消費者ニーズに応える手法の確立をもたらしたのかも知れない。