【夢酒場】次々に当たる手相占い

はたしてママは歌手デビューできるのか

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 「歌手デビューに年齢は関係ないねんて。私の歌を聴いたプロデューサーが言わはるねん」 

  今から十年ほど前のこと、<スナックのママ語り>という密着取材記事を書くため、知人の紹介で訪れた店。ママが歌う美空ひばりは確かにうまかった。しかし、そう言ったのはプロデューサーではなく、カラオケ機材の営業マンだ。ママは、京都の旧家の生まれ。独特の品の良さからか、歓楽街のはずれの小さな店にしてはお客がついていた。

 

イラスト・伊野孝行

 取材が数日に渡ったある日。「こちら、新人のよしえちゃん。今、お店手伝ってもろてんの」とママ。え? と思ったがやがて「新人」はママの隣の丸椅子が定位置になった。

  ママは来る客のタイプに合わせ、私のプロフィルを捏造(ねつぞう)した。都会育ちの人には「この子、地方の農家の娘さん」、堅物の職人には「絵本作家の卵やの」。困った時は、「うちの後継者候補」。そのたび私はヒヤヒヤしながら脳内で別人格を作り上げた。

  半月ほどたった頃。ママは唐突に新たな“特技”を私に加えた。

  「この子、手相見れるねん」ぎょっとした。「じゃ、占って」。見られるわけがない。

  間接照明のもと開かれるおじさんの厚い手、深いシワ。意を決した。「あなたは、やんちゃな人生ですが、内助の功に守られてます」。ただの思いつきのリップサービスだ。

 「当たってるぅ」喜ばれた。次の人、「仕事は大胆不敵。でも数字は苦手」。その次、「女難の相アリ」。皆が「確かに」とつぶやいた。

  こんな出し物は一度きり、と思っていたのに、後日、恐ろしいことに手相見の指名が来た。このままだと評判が評判を呼んでしまう。「当たらない」と言われるため、より具体的要素を盛り込み、はずしにかかる必要があった。

 「結婚は3回目。水にかかわる会社を経営、四十代は苦労し五十代で借金完済。勝負カラーは紫。最近、大事な方がお亡くなりになりましたね」。客は目を見開き、言った。「なんでわかるんだ……。三人目の妻と可愛がっていた柴犬が先週、死んだんだ」。さらに後日、彼が紫のネクタイで臨んだ商談(水道関連)がまとまったとママから伝え聞き、私は私が怖くなった。過去だけでなく未来も当てる、言霊嬢と呼ばれた。

  もう限界だ。取材はじゅうぶんですとママに告げると名残惜しそうに、「じゃ最後にもう一度私の手相も」。ママが知りたいことはただ一つ。

イラスト・伊野孝行

 「歌手デビューはできま……」張りつめる空気。「どっちやの?」

  手相が見られるなどとでっち上げた張本人が、完全に神の審判を待つ目である。

「できます、必ず」。絞り出すように言った。一刻も早く逃げたかった。

  数年後。久しぶりにスナックの前を通ると、「ミニステージ御座います」と張り紙。さらに「ひばりの歌=時価」とあった。“歌手デビュー”していた。

  言霊の力ってあるのかもと思った瞬間、ハッとした。私は、お茶農家に嫁いだ(農家の娘になった)。絵本も描き始めた。ママのでまかせこそ、言霊だったではないか。そしてふいによみがえる「後継者候補」という声。思わず私は足早に立ち去った。

  (エッセイスト・さくらいよしえ)