地方自治の使命は何か 無理解なメディア  真価示した知事会

By 佐々木央

2016年12月15日、名護市の浅瀬で大破した米軍のオスプレイ。事故が繰り返されても、地位協定の壁で日本側は捜査すらできない

 春の統一地方選は、多くの選挙で投票率が過去最低となった。無投票も多かった。理由は一つではない。なり手の不足、地域の活力の低下、「統一」と言いながら統一率は27%しかなかったことなどが、指摘されている。だが、これに加えて、大手メディアの報道の仕方も影響したのではないか。

 ▽統一選は「前座」か

 その端的な例として、この選挙に対するメディアの枕詞を挙げたい。多くの報道が「夏の参院選の前哨戦」「夏の参院選を占う」であった。こういう表現をすると、統一地方選は「国政選挙の前座」という二義的な価値しかないようにみえてしまう。地方自治は地域と住民にとって、国レベルの選挙とは違った意味や重さがあるはずだ。

 地方自治の意味とは何か。もちろんその土地の実情に即して、行政課題に取り組んでいくことは不可欠だ。しかし、それにとどまらない。

 例えば、全国知事会が昨年8月に発表した日米地位協定に関する提言は、その意義を示すものだったと思う。

 地位協定の正式名称は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力および安全保障条約第6条に基づく施設および区域ならびに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」という実に長たらしいものだ。中身を知り、考える意欲を阻喪させる。市民を遠ざけようという意図があるのではないかと思うほどだ。

 共同通信の配信記事は次のように説明する。

 ―日米安全保障条約に基づき、日本に駐留する米軍と軍人・軍属、家族の法的地位や、基地の管理・運用を定めた協定。1960年の発効後、一度も改定されていない。公務中の犯罪は米側が第1次裁判権を持ち、公務外でも米側が先に容疑者を拘束すれば、起訴前まで原則として日本側に身柄を引き渡さないと規定する(後略)―

 これだけを読むと、刑事事件の処理を中心とする協定と思ってしまう。事実、しばしば米兵や軍属の起こした事件・事故に関連してクローズアップされてきた。だが、全28条のうち刑事裁判権に関わるのは第17条だけ。多くの条項は基地そのものに関係する。

 ▽日本全土が潜在的基地

 例えば、用地や施設の提供に関する第2条は、彼我の力関係をあらわにする。

 「第2条第1項(a)前段 合衆国は、相互協力及び安全保障条約第6条の規定に基づき、日本国内の施設及び区域の使用を許される」

 意味するところは何か。外務省による解釈・運用のマニュアル「日米地位協定の考え方・増補版」は機密文書だが、2004年に琉球新報がスクープし、本にもなっている(高文研刊)。それによると、外務省はこう解説する。

 「米側は、わが国の施政下にある領域内であればどこにでも施設・区域の提供を求める権利が認められている」

 それに続く条文には「個個の施設および区域に関する協定は…両政府が締結しなければならない」とあり、個別には両国の合意が必要であると読める。しかし、マニュアルは次のように述べる。

 「米側の提供要求をわが国が合理的な理由なしに拒否し得ることを意味するものではない」。では合理的な理由があれば、拒否し得るのか。マニュアルのこれに続く部分。

 「特定の施設・区域の要否は、本来は、安保条約の目的、その時の国際情勢および当該施設・区域の機能を総合して判断されるべきものであろうが、かかる判断を個々の施設・区域について行うことは実際問題として困難である。むしろ、安保条約は、かかる判断については、日米間に基本的な意見の一致があることを前提として成り立っていると理解するべきである」

 個別の施設・区域について判断することを「実際問題として困難」として放棄し、事実上、日本の拒否権を自ら否定している。

 つまり、あなたの土地を「明日から米軍用地にする」と言われても、止めることができない。それが日本のどこでも、いつでも起こり得る。日本全土が「潜在的基地」とされているのだ。これで主権国家といえるのだろうか。

 ▽住民の命守るのは

 傍論だが、北方領土返還ではこれがネックになるという。このマニュアルは本条解説の「注16」で、わざわざこの問題を取り上げ、次のように論じる。

 「例えば北方領土の返還の条件として、『返還後の北方領土には(米軍の)施設・区域を設けない』との法的義務をあらかじめ一般的に日本側が負うようなことをソ連側と約することは、安保条約・地位協定上問題があるということになる」

 返還した北方領土に米軍基地が置かれることも排除できない。ロシアとしては耐えがたいだろう。このような状況で、まともな返還交渉などできるはずもない。

 全国知事会の提言に戻る。提言は次のように指摘する。

 ①基地は周辺住民の安全安心を脅かし、所在自治体に過大な負担を強いている。

 ②周辺以外でも艦載機やヘリコプターによる飛行訓練などが実施され、騒音被害や住民の不安もあり、自治体への事前説明・通告が求められる。

 ③地位協定は締結以来一度も改定されず、国内法の適用や自治体の基地立入権がない。

 ④沖縄県の米軍専用施設の基地面積割合は全国の7割を占め、極めて高い。

 ⑤沖縄県経済に占める基地関連収入は大幅に低下、返還後の跡地利用に伴う経済効果は基地経済を大きく上回っており、さらなる基地の返還が求められる。

 後半の④⑤からは、知事たちが沖縄の現況に深く同情を寄せていることが分かる。結論として知事会は、地位協定の抜本的な見直しを求めた。

 軍事に絡む問題では、市民の反対や抵抗があっても、しばしば「防衛や安全保障は国の専権事項」という錦の御旗によって押し切られる。そして、政府はしばしば「国家」という組織の維持・拡大を優先し、市民の命を軽視する。その最たる例が戦争だろう。

 だが、地方自治体は人々の命や日々の営みとの距離において、国会・政府より近い。地方自治の最後の使命は、住民の命を守ることだ。住民の命と暮らしが脅かされるとき、衝突を恐れず、国に異議申し立てをしたり、国と闘ったりすることは極めて重要だと思う。

 知事会の提言は、都道府県がその真価を示したといえる事態だったが、残念ながら大きなニュースとして報じたメディアは少なかった。地域で暮らす人々の切実な課題に、メディアこそ対応しきれていないのではないか。(47NEWS編集部・共同通信編集委員佐々木央)

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