第25回「"たかが"に削られていく自己肯定感と内緒の文通」

部屋、きれいですか? こんにちは、朗読詩人の成宮アイコです。

秘密の文通相手がいます。

文通といってもSNSでの個別メッセージのやりとりです。わたしたちがお互い知っているのは、公表しているぶんの職業と名前、そしてだいたい同じくらいの年代かなということだけです。万が一会話が漏れても別に困りはしないけど、できるだけ人には言いたくない内緒話を送り合います。

その日わたしは、とても憂鬱でした。

共済保険のあざやかな青い封筒が届いたからです。

他の郵便物にまみれていても目に止まるあざやかな青色、見ないふりをしようにもいやでも目に入ります。しかも、赤色スタンプで重要マークまで押されて。プレッシャー。

とりあえず、玄関の棚に置いて家を出たのですが、帰宅すると当然ながら青い封筒はまだそこにありました。いまいましく見つめても消えてはくれません。ため息。

実は、前回届いた青い封筒も、未開封のまま棚に置きっぱなしです。保険の説明や書き込まなくてはいけない枠を見ていいるうちに、どこを読んだのかわからなくなり、何度も同じところを読み返し、せめて日付の欄だけでも埋めようにもそもそも今日って何年なのか、年収っていくらだろう、家族の誕生日っていつだっけ、何日までに埋めなくてはいけないんだっけ…と思っているうちに、だんだん意味がわからなくなり、日本語じゃなくてまるで暗号じゃん、やだこわいなに言ってるかわからない、なにを調べたらいいの!? と恐怖のあまりいっそ捨ててしまおうかと思い始めたりするので、放置していました。

そうして毎日見ないふりをしつづけていると、本当に必要になったときには、玄関に置いたままにしていたのか、本当に捨ててしまったのか、こわいから家族に預けたのか…すっかり思い出せなくなっています。

そういえば昨日も、着ようと思っていた半袖が見つからず、クローゼットをかきまわしているうちに服が荒れていき、気持ちがすさみました。イライラしながら服の山をくずして、クローゼットにまたつめこんで。青い封筒や服に限らず、確かにあったはずのものが見つからないと、ほんとうになくしたのか、片付けたのか、どこかに落としたのか、全然わからなくて、自分はほんとうにだらしがないし片付けられないしすぐに忘れてしまう…と気持ちが爆発しそうになり、簡単にいえばもう死んでしまいたいというくらいの気持ちになったりします。

たかが、服が見つからないだけなのに。でもそのたかが、は自己肯定感をジリジリと削ります。自分は世界でいちばんダメな人間だ。

「だから、きょう家に帰るのいやだったんだ」

SNSを開き、タイムラインも見ずにメッセージを送ります。

そうすると、「自分も必要なコートをなくして、どこかで忘れたのか部屋にあるのかもわからないから、メルカリで似たものを買おうとしていたとこ」と返信がきました。「同じく保険の封筒開けられない」と。まるでわたしです。「…わかる、物はなくなるし保険はわからないし、わたし全部もうやだ。」と打ったところで、メルカリか…と思ったらおかしくなって気づいたら笑っていました。

なくしてすぐに代理を買おうとする仕事の早さと、そうせざるをえないくらい焦ったんだろうなと思うと、苦しいやらかわいいやら。なんとも言えない気持ちでただ、笑ってしまうのです。

自分もそうだよ、と送ってくれた部屋の写真は、わたしの部屋とそっくりで、化粧品や文具が分類わけせず机に乗る限界まで乗っていて、おもわず「一緒に片付けてあげたい!」と思ってハッとしました。

そう。自分に似た他人のことならばこんなに愛おしい。

苦手なことすら手伝ってあげたくなるのです。自分自身にはとてもじゃないけれどそんなことは思えないし、全部放棄をしてただただ消えたくなるのに。もし、この差がうまいこと埋まれば自分のことも大事にできるのでしょうか。いつか自分にもちゃんと優しくしてあげたい。そうしたら、人が困っているときに「自分なんかが…」と逃げることなく、手を差し伸べることができるかもしれません。

Aico Narumiya Profile

朗読詩人。朗読ライブが『スーパーニュース』や『朝日新聞』に取り上げられ、新潟・東京・大阪を中心に全国で興行。2017年に書籍『あなたとわたしのドキュメンタリー(書肆侃侃房)』刊行。「生きづらさ」や「メンタルヘルス」をテーマに文章を書いている。ニュースサイト『TABLO』『EX大衆 web』でも連載中。2019年7月、皓星社より詩集発売決定。

© 有限会社ルーフトップ