すべてはこの先につながっている―― 元プロが伝えたい 少年野球指導への思い

少年野球の未来を考えながらノックを打つ元巨人スコアラーの三井康浩氏【写真:編集部】

「自分の持っている引き出しを全部出さないといけない」野球人としての義務

 元巨人のスコアラー、チーム統括担当を務めた三井康浩氏が昨年10月から息子の野球チームのコーチになったと聞いた。巨人時代もその眼力に、松井秀喜氏や高橋由伸氏、阿部慎之助捕手ら名打者たちが信頼を寄せてきた。その目が今、小学生の軟式チームに向けられている。元プロを本気にさせているものは一体、どんなことなのか。「今度、見に来てよ」と声をかけていただいたので、練習を見に行った。

 初夏を思わせる5月上旬。照りつける太陽の下、都内のグラウンドで大汗をかいてノックを打っていた。

 三井氏は昨年10月、息子の少年野球を見に行ったことがきっかけで、チームからコーチを頼まれた。最初は興味がなかったというが、次第にのめり込んでいった。試合ではベンチに入り、スコアブックを付けて、チームの分析をしている。

「少年野球だからこそ、きちんとした指導をしてあげたいとなと思って」

 実際にプロがどんな指導をしているのか、気になったので取材にお邪魔した。小学校高学年のチームに練習のメニューを少し変えただけで、大差の負けが僅差になり、次第に試合で勝てるようになったという。

 動画や記事でも紹介をしているが、守備ではボールの捕球姿勢の指示、スローイング、打撃ではロングティーを練習で導入、走塁ではベースランニングからの意識改革……。選手たちが少しの意識で変わっていった。このチームは全国や都内屈指の強豪チームではない。どこにでもある地域の少年野球チームだ。

「子供たちは理屈で全部説明しようとすると飽きちゃうんだよ。言うことも聞かないし。だから、わかりやすく話をする。腰を回せと言ってもわからない。だったら『お尻で打とう!』とか興味のある言葉を使ったりする。同じことを何度も言っているよね。これは俺と子供たちの戦い、勝負でもあるから」

 プロ野球選手を相手にしてきた以上、子供たちを納得させる指導ができなければ「自分の負けと思っている」。プライドをかけて指導しているため、次第に熱も帯びてくる。

指導者が子供たちを迷わせてはいけない 大人もコミュニケーションが大切

「難しいことは教えてはいないよ。難しいと思うことを教えても、これが当たり前なんだと思わせれば、子供は普通に受け入れる。初めて聞くようなことは、目を輝かせて聞いているよ。この子たちが、この先、『小学校の時に何を教わっていたんだ!』とか言われたら、かわいそうでしょう」

「個性は大事だよ。変な打ち方をしても、片手でボールを捕っても、それも個性。『ハンドリングうまいじゃないか。どんどんやれ!』って言っている。ただ、片手で捕球している選手にはこうも言う。『大事なボール、速いボールを捕る時、それだけではダメだから、その時はボールを顔に近づけよう、もう一歩、前に行こう』って」

 強制することはしない。子供のことを思い、自主性も重んじている。

 元々、チームにいた指導者はどう思っているのか。監督の林直希さんは三井氏の“加入”を歓迎していた。

「失策や凡ミスが少なくなり、基礎力が上がっているのが強さにつながっていると思います。子供たちも三井コーチの言う事も聞きますし。指導者の考えがバラバラになってはいけないので、選手たちが迷わないよう、コミュニケーションをしっかりとるように心がけています」

 コーチ陣がしっかりと確認しあっているのが印象的だった。細かく野球を指導する三井氏に対して、林監督はチームワークの大切さを選手に優しく説いている。緊張と緩和。バランスの良さも感じた。

 細かな指導に選手たちが付いてきている実感も三井氏にはある。

「教える側が、色々なことを知って、きちんとしたことを教えていかないといけない。この子たちの世代にきちんと野球を教えていければ、野球界全体のレベルが上がる。日本の野球のレベルアップになるなら、協力をしたい。この子達はここで終わる子ばかりじゃない。高校や大学に行って、野球を続ける子もいっぱいいる。自分の技量によって、子供の成長の幅が変わるから、自分の引き出しを全部出さないといけないという気持ちになるよね」

 技術の上達だけでなく、挨拶や礼儀も含め、次のステージに進んでも生かせる動き、考えを伝えていきたい。それが三井氏の願いでもあるのだな、と感じた。(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)

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