被爆体験者差し戻し審 入市被爆認める 原告の生前証言「信用性高い」 長崎地裁

判決を受け「勝訴」の旗を掲げる原告側弁護士ら=長崎市万才町、長崎地裁前

 国が指定する地域の外で長崎原爆に遭った「被爆体験者」が、被爆者と認めるよう長崎市などに求めた集団訴訟を巡り、最高裁が、入市被爆の可能性があるとした故上戸滿行さんの差し戻し審判決が14日、長崎地裁であった。武田瑞佳裁判長は上戸さんの入市被爆を認め、被爆者健康手帳の交付申請と健康管理手当の支給認定申請を却下した市の処分を、いずれも取り消した。

 上戸さんは2011年に81歳で死去。最高裁は2017年12月、手帳交付申請の却下処分取り消しを求める訴訟は原告の死亡後も遺族が引き継げると初めて判断を示し、上戸さんの遺族3人が訴訟を引き継いでいた。

 上戸さんは、原爆投下時は大村市内にいたが、長崎に爆弾が落ちたと聞き、8月9日午後から翌日午前にかけて、浦上の宿舎に住んでいた兄を捜すため爆心地近くに行ったと証言していた。武田裁判長は、爆心地周辺に行ったとする供述内容が一貫しているとして、原告側の主張を認めた。

 被爆者健康手帳の交付は原則として公的機関の証明書や2人以上の第三者による証明が必要。上戸さんはいずれも満たしていなかった。市側は「爆心地近くに入ったことを裏付ける客観的証拠がない」などと主張したが、武田裁判長は上戸さんの証言は「信用性が高い」として、入市被爆を認定した。

 被爆者援護法では原爆投下後2週間以内に指定地域に入った場合、入市被爆と認定される。

 原告側弁護士は「証人がいなくても被爆者と認める判断が積み重なれば、今後の救済につながっていく」と評価。長崎市の田上富久市長は「国とも協議しながら今後の対応を検討していく」とコメントした。

 最高裁は2017年、被爆体験者388人が被爆者健康手帳交付申請の却下処分取り消しを求めた集団訴訟で、上戸さんを除く387人の上告を退けた。このうち28人は長崎地裁に再提訴。第2陣の161人も最高裁に上告している。

 ■<解説>さらに踏み込んだ判断

 被爆体験者の故・上戸滿行さんが入市被爆していたことを認めた長崎地裁判決は、証人や物的証拠が乏しくても本人の主張の信ぴょう性さえ高ければ、救済の道が広がる可能性があることを改めて示した。

 長崎地裁は1月にも韓国人の元徴用工3人について本人の証言を重視し被爆者と認める判決を出した。上戸さんについては係争中に死去したこともあり、法廷で証言する機会はなく、残された本人の陳述書などに基づいた「さらに踏み込んだ判断」(原告側の三宅敬英弁護士)だった。

 長崎市によると、被爆者健康手帳の交付には原則、家族以外の第三者2人の証言や公的資料が必要で、ない場合は本人の証言を裏付ける勤務表や文献などを基に認めることがある。ただ原爆投下から70年以上が過ぎ、事実証明のハードルは年々高まっている。元徴用工3人の裁判では、市は控訴せずに地裁判決が確定した。今回の判断も注目される。

 一方、今回の訴訟は、原爆投下後に国の指定地域の外にいた被爆体験者を被爆者と認めるよう求める被爆体験者訴訟とは性質が異なっている。被爆体験者の抜本救済への道筋は見えないままだ。

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