「らしさ」が見たい NHK大河ドラマ「いだてん」

「後半の主人公、田畑政治役の阿部サダヲ(前列左から2人目)と斎藤工(同3人目)ら出演者」

 NHK大河ドラマ「いだてん」を見ていると、なんとも言いがたい気持ちになる。目下、視聴率は1桁が続く絶不調。番組のワースト記録を塗り替える懸念すら漂う。しかし数字が悪いからといって、作品の質が低い訳では決してないはず。「そりゃ、みんなが喜ぶドラマにはならんわな」と、納得してしまう部分もある。広く受け入れられていないことが悲しいような、でもほっとするような、アンビバレント(二律背反)な思いが浮かんでくるのである。

 脚本は同じくNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」で人気を博した宮藤官九郎。記者の立場をまず明らかにしておくと、熱心なファンとは到底言えないが、宮藤の作品には昔から思い入れがある。20代初めでご多分に漏れず「木更津キャッツアイ」(2002年放送)にはまった。バイト先の友達に「面白いドラマがある」と教えられ、当時はほとんどテレビを見なかったのに、かじりつくようにして毎週見たものだ。以降、ドラマや映画の中でも、宮藤という名前は割と気にして生きてきた。

 この「いだてん」にも、企画の発表時からずっと取材してきたので思い入れがある。19年の大河ドラマは五輪を題材に宮藤が書き下ろすと、NHKが明らかにしたのは16年11月。当時、会見の場にいた記者は思いもしなかった組み合わせに驚き、いったいどんな作品になるのかと期待に胸を躍らせた。

 NHKの看板番組である大河ドラマの中でも、20年の東京五輪・パラリンピックを目前に控えた作品として、この「いだてん」の制作は鳴り物入りで進んでいったように思う。中村勘九郎、阿部サダヲによる異例のリレー主役、超が付くほど豪華な出演陣。NHKの力の入れようはひしひしと伝わってきた。

 しかし出足は悪かった。1月6日の第1回放送の視聴率は15.5%で、2000年以降の大河ドラマでは2番目に低いという結果に。その後も数字は振るわず、2月10日には9.9%と早くも1桁に落ち込み、4月28日には7.1%と記録が残る中での番組の過去最低を更新してしまった。主要キャストのピエール瀧が薬物使用容疑で逮捕されるという、泣きっ面に蜂のような不祥事も舞い込んだ。(視聴率はいずれもビデオリサーチ調べ、関東地区)

 低視聴率の原因として、構成の複雑さを問う声がある。「いだてん」にはいわば4人の“主人公”がいる。日本人で初めて五輪に出場したマラソン選手の金栗四三(勘九郎)、1964年の東京五輪開催に尽力した田畑政治(阿部)に加え、作品の語り部である落語家の古今亭志ん生(ビートたけし)と、若き日の志ん生である美濃部孝蔵(森山未来)にもそれぞれの物語がある。この4人のエピソードが時間と場所を越えてめまぐるしく入れ替わるため、視聴者、特に従来の大河ファンは展開に付いていくのが難しいというものだ。

 それを言っちゃあおしまいよと、この点については制作陣に代わって言いたい気持ちがある。というのも、場面が次々に変わるスピード感、そして張り巡らされた伏線が回収されてやがて大団円を迎えるという爽快感が、そもそもクドカン作品の持ち味だからである。

 象徴するのが第1回。志ん生、田畑、孝蔵、さらには嘉納治五郎(役所広司)と、たたみかけるように主な登場人物が交代した後、最終盤でようやく主人公の金栗が姿を現し、ドラマの盛り上がりは最高潮に達する。記者はこれを見て、宮藤は大河ドラマでも自らの流儀を貫いたと名作の予感に打ち震えたのだが、「これじゃ視聴者は付いていけない」という感想を聞いて驚き、脚本家の真骨頂が裏目に出ていることにがくぜんとした。

 大河ドラマに対し、重厚で分かりやすい「王道」の時代劇を求める声は根強く、仕掛けを多用するクドカン作品との「相性の悪さ」は想像以上だったのかもしれない。だがそれが低視聴率の原因ならば、怠惰ではなく挑戦の結果、そうなっただけのことであり、やはり特に気にする必要はないのではないかと、部外者の勝手な意見ながら思う。

 十年一日のように戦国ものや幕末ものを繰り返せば、従来のファンは喜び、それなりの数字は取れるだろう。だがいずれ行き詰まるのは明らかである(既に行き詰まっているのに、誰もおおっぴらには言わないだけかもしれない)。制作者が、そして視聴者さえも安定志向になったのか、ドラマ界全体を見渡しても、主人公が刑事か医者か弁護士。原作は人気小説か漫画。昨今は右のような“定番”以外の作品はなかなか見かけなくなった。あったとしても、視聴率の面では苦戦するのが実情のようである。

 新たな試みが当面は実を結ばなくとも、それなりに温かく見守る態度こそが、いずれは豊かなドラマ作りをもたらすはず。異例の大河「いだてん」が従来の視聴者にそっぽを向かれたとしたら、新たな層を開拓した側面はないのかと、考えてみる余裕はあってもいいと思う。

 もちろん残念な点はある。宮藤が書くドラマにしては、登場人物があまり魅力を感じさせないのは確かだ。特に前半の主人公、金栗である。視聴率が落ち込んだ4月28日の放送には、正直しんどい場面があった。

 ベルリン五輪に向けて東京で猛練習に励む金栗を、妻スヤ(綾瀬はるか)が郷里の熊本から突然訪れる。しかし金栗は「今は祖国のために走ろうと思っている」と言い放ち、追い返す―。

 思えば記者が「木更津キャッツアイ」に興奮したのは、自らには大して関わりがない、建前と作り事の世界だと思っていたテレビドラマの中で、特に努力もしていないが特にくさってもいない、自分たちと似たような若者の姿を見つけ、本音を代弁してくれているように感じたからだった。

 大きなものにとらわれない、等身大の人物を描くのが宮藤の作品の魅力だと思っていた。その分、オリンピックなんていう国民行事をいったい大河でどんな風に料理するのか。その点が興味津々で起用を聞いたときから楽しみにしていたのだが、今のところあまり「らしさ」は感じられずにいる。

 「あまちゃん」はヒットしたものの、宮藤は元々が玄人好みの書き手であり、「いだてん」の数字の不調はそれが改めて浮き彫りになったというぐらいではないだろうか。視聴率云々で制作陣の手が縮こまってしまう事態の方が心配だ。後半に向けて、ドラマを彩る出演者の発表は続いている。かつて若者を熱狂させたクドカンの本領発揮を今も変わらず待ちわびている。(敬称略、川元康彦・共同通信記者)

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