初優勝、2年連続プレーオフ進出 参戦3年でB2強豪に成長【歓喜と試練 2018~19熊本ヴォルターズ(中)】

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日大4年時に特別指定選手として途中加入し、リーグ戦終盤からプレーオフにかけて攻守にわたって活躍した本村亮輔(14)=5日、県立総合体育館(上杉勇太)

 2018~19年シーズンの熊本ヴォルターズは、Bリーグ2部(B2)の総合優勝と1部(B1)昇格が懸かるプレーオフ(PO)に2年連続で進出したが、優勝も昇格も果たせなかった。だが、着実な進化は見せた。リーグ戦の前哨戦としてB1、B2の6チームが競った昨年9月のアーリーカップ西日本大会で初タイトルを獲得。リーグ戦のレギュラーシーズンはB2参戦3年目で自己最高の45勝15敗の戦績を残し、西地区初優勝を飾った。

 熊本は13年に誕生し、当時のナショナルリーグ(NBL)に所属。1年目は指揮官の交代など苦難が続き、西地区6チーム中、6勝48敗で最下位に終わった。2年目からは元日本代表監督の清水良規ヘッドコーチ(HC)の下、規律を浸透させるなど土台づくりに着手。またも6勝48敗の最下位だったが、格上と渡り合う試合も増えた。3年目は熊本地震のためシーズン途中での終戦を余儀なくされた中、13勝36敗と勝ち星を伸ばした。

 16年、NBLとbjリーグの統合でBリーグが発足。リーグ最年少の27歳でB2熊本の初代指揮官となった保田尭之HCは、前HCの清水氏が掲げた「激しく積極的な守り」を継承しつつ、チームバスケットを徹底追求。1年目で西地区3位、2年目の17~18年はPOに初めて勝ち上がった。

 18~19年シーズンはB2得点王のチェハーレス・タプスコットら4人を獲得するなど大型補強に成功。保田HCは「集大成の1年」と位置付け、幸先よくアーリーカップを制した。リーグ戦では常に故障者を抱えたが、23歳の柿内輝心や22歳の本村亮輔が成長して穴を埋めた。全60試合で連敗したのは茨城戦の1度だけで、西地区優勝とPO準決勝のホーム開催権も獲得した。

 「1年1年、足りないものを補強し、戦力は厚みを増した」。強化担当の西井辰朗ゼネラルマネジャー(GM)はB2の強豪に定着した現状を実感する。学生時代は無名だった古野拓巳がリーグ屈指の司令塔になり、他チームで実力を出しきれなかった福田真生が開花。選手の個性を大切にして対話を重ね、チームづくりに腐心した保田HCの献身さが成果を挙げた。

 ただ、POでは、わずかな気の緩みで敗退する現実を2年連続で突きつけられた。足りなかったのは勝負に対する厳しさだろう。“勝負弱さ”の払拭(ふっしょく)が最大の課題だ。

 保田HCはB1昇格を果たせなかった責任を取って退任。後任について西井GMは「これまで築いてきたチームの継承が大前提。その上で厳しさをもたらす人物」と語る。今秋の来季開幕まで時間が残されていない中、海外のナショナルチームを率いた経験もある外国人らを軸に絞り込みを急ぐ。(坂本尚志)

(2019年5月16日付 熊本日日新聞朝刊掲載)